第6話 お茶目な魔動人形
盗賊たちの拘束を終え、そろそろ移動しようと背後の馬車を見て気付いてしまった。
「どうしようモア」
「何がですか?」
襲ってきた盗賊は返り討ちできた。拘束することもできた。こいつらを積み込む馬車もある。
それは良いんだが、問題は御者がいなくなってしまったことだ。
「馬車の行き先だよ、俺ら知らないじゃないか」
現状、山の中で放り出されてしまったに等しい。
馬車はあっても、どこに行けばいいのか分からないのだ。
「こんなことなら盗賊が来る前に目的地を聞いておけばよかった」
ああ、最悪だ。
それもこれも全て盗賊が悪い。
盗賊さえ現れなければ、何も問題はなかった。
御者に聞こうとしたタイミングで盗賊が現れたから結局聞けず仕舞いになったのだ。
いや、初めから御者も盗賊の仲間だったからな。
落ち合う場所ぐらい決めてただろう。
さっきのタイミングで聞こうものなら、この馬車の行き先は地獄ですよ、とか言われてたかもしれない。御者の悪い笑みとか見たくないぞ。
俺は、この馬車を選んだ時点で詰んでいたのだ。
元いた街には戻れるだろうし、そこまで頑張って戻ろうか。
「知ってますよ?」
「ん、何が?」
意味が分からず首を傾げる。
俺が間抜けなのは知ってますよ、という煽り?
「馬車の行き先です」
「ほお……えっ!?」
驚きすぎて首が折れるかと思った。
「どこなの?」
「ラサナ村です」
ラサナ村、聞いたことあるような無いような。
「ここは?」
「カラネイ山です。ラサナ村はこの山を越えた麓にあります」
一切の淀みなく答えるモア。
事実である確証はないが、彼女がこの場で嘘をつくわけがない。
「な、何で知ってるの?」
「乗る馬車の行き先ぐらい確認しますよ。正確には、ラサナ村を経由してその先の街へ行くルートらしいですけど」
当たり前のように彼女は言った。
それはつまり?
「何か言うことはありますか?」
「本当にありがとう」
いやあ、良かった良かった。
これで迷うことなく山を抜けることが出来る。
「そうです、ご主人様は私と一緒にいないとだめなんですよ? 今後は私から片時も離れず」
「ちょっと待って?」
ふと思ったんだが。
今までの会話を振り返る限り、知っているような素振りはまったくなかったよね?
「知っていて黙ってたってこと?」
「……それは、はい」
「なんでえええええ?」
モアの肩を揺する手が止まらない。
「聞かれなかったので」
澄まし顔で言う彼女に力が抜けてしまった。
いや、良い方に考えよう。行き先が分かったんだ。彼女も悪気があった訳じゃないらしいし。
彼女を責めるのはお門違いだろう。
行先も確かめずに馬車へと乗った俺が悪いのだ。
けどさ、もっと早く言ってくれても良かったんじゃないだろうか。
「………………」
「すいません、困ってるご主人様が可愛らしくて黙ってました」
「ええー?」
表情を変えないまま言うモアに頭が混乱する。
これは、悪気?
それとも彼女なりの冗談?
お茶目なの?
モアってもっと真面目な子だと思っていたんだが、俺の勘違いだったらしい。いや、こっちが彼女の素なのか?
「では、出発の準備をしましょうか」
早々に会話を切り上げた彼女は、縄で拘束した盗賊を馬車に積み始めた。
自動人形らしく、彼女の表情に変化はあまり見えないが、どことなく楽しそうだ。
「俺もやるよ」
俺の操った木人形くんがね。俺って非力だし。
モアと協力して、せっせと盗賊を馬車へと積み込んでいく。
「ご主人様、どうしました?」
「いや、人は見た目によらないんだなと思っていただけだよ」
今、木人形くんに運ばれてる野性味あふれるおじさんも盗賊の仲間だったし。優しそうだと思ったんだけどな。
…………改めてみると十分盗賊らしい見た目してるや。
それでいえば、モアの方は本当に見た目によらない力を持っている。
強そうな盗賊を素手でなぎ倒していたし、あれで本気じゃないとか強すぎないだろうか。
今も両肩に二人の盗賊を担ぎながら普通に俺と話しているし。
俺は見た目通りの筋力しか持ってないから人を担ぐとか無理だけどね。
無事に盗賊を馬車に積み終え、俺たちも馬車へと乗り込む。
「御者は私が務めますのでご主人様はお休みください」
「助かるよ」
俺がやってもいいのだが、俺には道がわからないからな。
モアの操った馬車がゆっくりと進み出す。
「ラサナ村だっけ、に行くの?」
「いえ、それはやめようかと思っています」
馬を操りながら、モアが俺の質問に答えてくれる。
てっきりこのままラサナ村に行くものだと思っていたんだが、それはまたどうして。
「他に乗客もいませんし、盗賊を連れたまま村へ行くと迷惑がかかってしまうので」
「ああ、それもそうか」
開拓村には衛兵などいない。
ラサナ村がどの程度の規模なのかわからないが、そこまで大きいものではないだろう。
気絶しているとはいえ、危険な盗賊を連れた旅人など村人たちも歓迎しないだろう。
「ラサナ村は通り過ぎて、その先の街を目指します。そこで盗賊を衛兵に引き渡しましょう。いかがでしょうか?」
「うん、それがいいね」
「では、そのように」
正直、モアが優秀すぎて頭が上がらない。
なんで彼女は俺についてきてくれるのだろうか。彼女は俺が人形使いだからだと言っていたが、俺が彼女に出来ることなんてたかが知れている。
彼女は俺が人形使いの力で強化するまでもなく、盗賊を瞬殺できるだけの力を持っているのだ。
俺といる必要なんてない。
今まで通り、冒険者としての才能があるレックスたちと、冒険者として活動した方が彼女にとってもいいんじゃないだろうかと思ってしまう。
俺をクビにしたレックスたち。
彼らは今後、冒険者としてどんどん成り上がっていくだろう。それだけの才能があると、俺は思っている。
モアも彼といた方が地位や名声を得られたかもしれないし、お金だって不自由しないだろう。
「ご主人様」
「ん?」
思考の渦に沈んでいた俺へと御者をしているモアが振り返らずに言った。
「私がいてよかったですね?」
こちらを振り向きもせず、突然なんだと思ったが。
恐らくこれは彼女なりの非難なのだろう。
「そう、だな」
彼女をラグザットに残して、一人で出て行こうとした俺への。そして、今もモアをラグザットに帰した方がいいんじゃないかと考えていた俺への。
ダメだな。
彼女は俺についてきてくれると言っていた。
俺も、モアを手放すつもりはないと決めたばかりだというのに。
「モアがいてくれてよかったよ、本当に」
盗賊を倒してくれたから、ではない。
俺も嬉しかったのだ。彼女が俺について来てくれると言ってくれたことが。レックスたちではなく、俺を選んでくれたことが。
「まだまだ、目的地へはつきませんので、ご主人様は人形でもお作りになってお待ちください」
「ああ、そうさせてもらうよ」
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