第5話 人形使い

 幻の6人目は、俺を人質に取り安堵したように悪態をつく。


「くそが、とんだ化け物が乗り込んでやがったもんだ」


 彼女の強さが化け物染みてるのは完全に同意するところである。

 本当になんであんなダンジョンにいたんだろうか。

 

 ただモアよ。分かっていたなら最初にこいつから倒してくれ。馬車の中は任せろとか言ったの俺だけど。


「まあいい。男を殺されたくなければ、動くんじゃないぞ」

「わかりました」

 

 モアは、仲間がピンチだというのに涼しい顔をして御者に応じている。

 

 はあ、これは彼女の助けは期待できそうにないな。

 5人も倒してもらったのだ。1人ぐらい自分で倒さなければ恰好がつかないか。


「ちっ、小娘一人にやられちまうなんて情けない奴らだ」


 御者の男は、気絶した盗賊たちを見回して完全に油断していた。

 俺らに他の仲間がいるとは思っていないだろう。


 まあ、いないんだけど。


「おい女、こいつを殺されたくなかったら抵抗するなよ。そうだな、まずは服でも脱いでもらお……う、か」


 御者の手を、何かが握った。

 俺の首にナイフを当てていた手を、ナイフごとギュッと握られ、意気揚々と話していた御者の口が止まる。

 

「だ、誰だ!? ……は?」


 背後で御者が勢いよく振り返ったが、驚いて固まっている。

 そこに顔がなかったからだろう。

 驚きからか、俺の身体を押さえつけていた方の手が少し緩んだ。

 だからと言って俺は動かないが。

 

 御者の手を掴んでいるのは人ではない。

 人の形をしてはいるが、全てが木材。何の飾りもない木で出来た等身大の素体のようなもの。


 仲間はいない。あるのは――。


 俺の人形だ。


「は、離れねぇっ……ぐがっ」


 俺の人形は御者の手を握ったまま、勢いよく振りかぶって逆の手で顔を殴りつける。

 

「ぐっ」

 

 流れるようにもう一度。


「やめっ」


 止まることなくもう一度。

 

「ぐあっ」


 等身大の木人形は、一定のペースで何度も御者を殴り続けた。


「…………」

 

 ついに御者の男は意識を失った。

 正体不明の木人形が突然現れて、そいつからボコスカれ、彼にとっては恐怖だったろう。

 俺でも怖い。

 

「あー、助かった。こいつがいてよかった」

 

 背伸びをして息を吐く。

 気絶した御者を盗賊の山まで引きずっている等身大の木材人形。

 折り畳んで荷物に仕舞っていてよかった。

 

 俺の人形使いとしての唯一の武器にしてメインウェポン。

 木人形くんだ。

 本来ならこいつに鉄の鎧を着させるのだが、今は残念ながら裸である。

 一人旅には重すぎるので売ってきてしまった。

 

 木人形くんは鎧を着ていなければ、関節を折り曲げて俺の荷物に入るからな。

 それだけで荷物の大半が埋まってしまうが、仕方ない。彼がいないといざというときに困る。

 

 俺は人形であるなら、自分の身体以上に自由に動かすことができる。

 こういう時に、荷物の中にいたこいつを操って賊を迎撃することだってできる。距離が離れていようが問題ない。


 尤も、捕まっていなかったとしても、木人形くんを使っていただろう。

 俺が殴るよりも木人形くんで殴った方が強く殴れるからな。


 戦闘において、もはや人形なしでは生きていけないのだ。

 

 木人形くんとはモアよりも付き合いが長い。

 モアが現れてからはお役御免というか、仕事がなくなって部屋でお留守番していたが。

 この子には寂しい想いをさせてきた。ただの人形だけど、気持ちの問題だ。

 

「顔も作ってやりたいけどな」

 

 彼の姿は飾りがなく、顔もない。

 長い間、彼は木の素体のままだ。

 製作者である俺が作ればいいだけの話なのだが、作ろうとすればレックスが猛烈に嫌がるのだ。

 

 今は兜を被っていないせいで、今まで以上に木人形くんの顔が気になってしまう。

 この子は俺にとって読みかけでずっと放置している小説に近い。

 いや、それ以上だ。

 気になって気になってしょうがないのに、続きをお預けされてしまっている。

 

 完成させてあげることができないのだ。

 今すぐ作りたくてしょうがない。

 

 俺が人形を作ること自体をレックスは嫌がってたからな。

 レックスのいるところで作らない、作った人形はすぐに商業ギルドに売ること、売ったお金をパーティの資金にすることを条件に人形作りまでは禁止されていなかったの幸いか。

 それでもあまり沢山は作れなかったが。

 

「いや、そうか」

 

 今まではレックスにキモいだのなんだの言われて顔を作らせてもらえなかったが、これからは木人形くんの顔も作ってもいいのか。

 木人形くんだけじゃない。

 自分の好きなように人形を作ってもいいんだ。


「最高じゃないか」


 どんな子を作ろうか。

 さて、これからは四六時中人形を作れる。夢が広がるじゃないか。

 

「ご主人様、お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」


 モアには御者が盗賊の仲間だと黙っていたことを小一時間ほど問い詰めようと思っていたが、今後の人形作りが楽しみすぎてそれどころではない。彼女への返事もどこか気のないものになってしまった。

 しかし……そうだな。

 店を開くとなら自分の工房も持てるのか。

 自分だけの人形を作るための空間。

 今までは宿でひっそりと作っていたが、これからは自分で環境を整えた環境で自由に作ることが出来る。

 夢が広がる。


「ご主人様……」


 おい、半目で俺を見るな。

 

「ご主人様がお元気なようで何よりです。さて、この盗賊たちはどうしますか?」

「そうだなぁ」


 このまま放置してしまってもいいが、街の衛兵に引き渡せば、懸賞金がもらえるだろう。

 今後のためにもお金は欲しいが。


「何かこいつらを縛れるような物があればな」

「盗賊たちが縄を持っていました」


 言うまでもなく彼女はそれを見つけていたらしい。

 彼女が俺のところに戻ってくるのが少し遅れたのは縄を探していたからかもしれない。

 恐らくこの縄は俺らを縛るために用意していたんだろうが、ありがたく使わせてもらおうじゃないか。

 

「って、この人。さっきのおじさんじゃないか」


 俺の人形を受け取らなかったおじさんだ。

 随分と野性味あふれる人だと思ったが。


「盗賊の仲間だったみたいですね」


 まさか、馬車に乗っていた人間が俺とモア以外全員盗賊だったとは。

 複雑な気持ちである。

 

 最初からあの馬車は、盗賊の獲物を運ぶための物だったのではないだろうか。

 襲える客、襲えない客を選定しておじさんが仲間に情報を伝えるために途中で馬車を下りているわけだな。

 そして、見事俺とモアはおじさんのお眼鏡に適ってしまったらしい。


 知らず知らずのうちに恐ろしい馬車へ乗ってしまった。

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