8.そして、魔王は暗黒(う)
居間に戻ると祖父母も帰っていた。
台所ではまだリアとミスター・エックスの円周率が続いている。
そんな二人を邪魔そうに避けながら、母親が全員分のお茶を淹れていた。
時間は三時。
おやつは三時。
祖父母が近所のあんこ屋で饅頭を買って来たから、とりあえずおやつなのだ!
◆
「……じいさん、この丸いものは何だ?」
ハテンが自分の前にある小皿に乗った饅頭を持ち上げて尋ねる。
「これはな、あんこ屋名物『あんこ食う饅頭』だ」
「黒糖の薄皮生地に甘さを控えた粒あんこがギッシリと詰まった、美味しいおやつよ」
と、説明しながら祖母が菓子箱からせっせと人数分を取り出して、小皿によそっていく。
「そこの台所の二人も、一回止めておやつにおいで!」
祖母の掛けた言葉に、リアとミスター・エックスは即座に詠唱を止めて、素直に居間へとやって来た。
……もしかしたら、二人とも円周率を言い続けるのに飽きていたのかもしれない。
「……紅茶はありませんの?」
緑茶を出してくれる母親に対して、不服そうなラビ姫様。
「ないよ。飲みたかったら、家を出て20メートル先に自動販売機があるから、買っておいで」
「ぷー。いやーん、遠い~」
「だったら、文句言わず飲むんだよ。饅頭に緑茶は合うから」
「あら、ほんとだ。おいし~い!」
と、速攻で食べ始めているお姫様。
「はい、リードさん。あ〜ん」
「ありがとう、乃愛」
そんな中、リードと乃愛はお互いの饅頭を食べさせ合っている。
「お、おい、お前ら! 何をしている!?」
動揺で眼鏡がずれる父親。
「何って、あたしたち結婚するから「あ〜ん」くらい、普通よ」
「魔王を倒したら、結婚しますね!」
「な、何を戯けた事を言っているんだ! 結婚など、許さん!!」
「出会ってから結婚までの早さが異常だな」とハテン。
「ディ○ニープリンセス並の早さだね」と俺。
「いやーん、プリンセスは私よぉ!」とお姫様。
これが右側の会話。左側の会話と言えば。
リアとミスター・エックス(紅)が、
「ねえ、今度は二文字縛りの呪文対決にしない?」
『ああ、良いだろう。ちょっと喉痛くなっちゃったしナ』
と、仲良くおやつの後の詠唱対決のルールを決めていた。
やはり一戦やりやった後に敵と友好的になる法則は、どこでも鉄板らしい。
なんやかんやで、みんな楽しそうだ。
――そういえば。
トイレで捕らわれのお姫様は助けることが出来たけれど、魔王は現れなかったな……。
俺は饅頭を食べながら、そんな事を考えていた時、お茶出しと格闘していた母親が任務を終えて戻って来た。
「いや~、こんなにお客が多いのは久しぶりだからお茶出し三往復よ。これで最後!」
と、母親は最後の湯呑みをちゃぶ台に置いた。
しかし、その緑茶を誰も取らない。
「母さん、多く作りすぎじゃないの?」
「えぇ? だって、ひい、ふう、みい…………11人でしょ?」
「えー? 誰のお茶~? 飲んでない人~!」
と、俺が声を掛けると「はい」と異様に爪が鋭い青白い手が挙がった。
笑顔だった俺らは、その手の
――饅頭を頬張る、魔王だった。
ー完ー
田中家ラストダンジョン さくらみお @Yukimidaihuku
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