7.勇者トイレへ行く



 俺は二人の詠唱を聞いて、耳を疑った。


『「3.141592653589 793238462643 383279502884 197169399375……!!」』


 最大禁忌魔法とやらを唱える二人は数字を延々と言い合っているのだ。



 ……しかし、これって……。



「なあ、ハテン。これって円周率じゃないの?」


「円周率? 何それ美味おいしいの? リアの話だと、この詠唱を言い終えた者は無敵になれるらしいゾ」


「……あほらし。一生終わらないわ」


 と、俺は踵を返した。


「おい! イエノブ、どこへ行く」

「トイレ」

「待て! オレもついていく! 危ないからな!」


 と、一緒に付いて来てくれたハテン。


 最初は連れションなんて……と思ったが、通りすがりのベヒーモスを倒してくれて。

 なんだかんだと言いながら、付いて来てくれた事に感謝するしかなかった。


「ちょっと、外で待ってろよ!」

「いいや、安全のためにオレも入る!」

「止めろよ、狭いんだし!」


 と、再びギャイギャイとトイレの入口で押し合いをしていると、荘厳な音楽が鳴り始め、こういう時だけ妙に感の鋭い無慈悲な家族によって閉じ込められた。


 ――そして、話は冒頭に戻る。


 トイレの陶器タンクの前にうっすらと見え始めたシルエット。

 大柄の体躯に、頭には湾曲した角。爪の伸びた手が俺の肩を掴んだ瞬間、絶叫した。


「ぎゃあああああああ……!!」
















「……や〜ん、なにこれ〜!?」


 甲高い声が、密室に響いた。


「「??」」


 徐々に消えていく煙の先から出て来たのは、女の子だった。


 大柄の体躯だと思ったものは、彼女の桃色ドレスの大きなパフスリーブで、湾曲した角だと思っていたものは、彼女の頭から生えたうさ耳だった。薄ピンクの縦ロールに薄ピンクの大きな目を持つ超美少女だ。


「……まあ! 勇者様? 私、魔王に捕らわれていたラビ姫ですぅ!」


 と、俺の手を握るお姫様。


「違う違う! オレが勇者だ!」


 と、ハテンが己を指さすと、お姫様はポンと両手を合わせて、


「まあ! そっちだったの。どっちでも良いわ、助けてくれるなら」


「なんか、助けたくない感じの姫だな」

「ああ、姫が捕らわれていたなんて初耳だし……。しかし腐っても姫。助ければ地位と名誉と金が手に入る!」

「なんて現実的な」

「お前の思うようなファンタジーなど、この世には無いのだ」




「……おーい、お兄、生きてる~?」


 俺が絶叫した後から静かになったトイレが気になったのだろう。乃愛が扉をちょこっと開けた。

 そしてお姫様の存在に「あれ?」と驚く。

 乃愛の声に、リードと両親もトイレの中を覗いた。


「おや?」

「まあ、可愛らしいお嬢さん!」


 さすがに三人で一坪のトイレは狭いため、父親が茶箪笥を動かしてくれた。

 脱出する俺たち。


 とりあえず、我々は居間へと戻った。

 (もちろん、俺はトイレを済ませて)


 途中で通りすがりのブラックドラゴンに出会ったのには驚いたが、ハテンが聖剣マジヤバイヤーでなんとかしてくれた。


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