2.勇者現れる

 

 ――PM1:00

 五月の連休の昼下がり。




 某県の田舎町に住む田中家は、いつも通りとても平和だった。


 家は庭付き一戸建て。

 かわら屋根やねで作られた築三十年の日本家屋にほんかおくはこの辺りでは大して珍しくもない、普通の民家である。


 祖父母、母親はニラ農家。

 父親だけ町役場に勤めるサラリーマン。

 高校生の俺こと長男・家信いえのぶ(17)と、

 中学生の妹の長女・乃愛のあ(15)。

 それと中型犬の雑種・くれないが家族だ。



 家族全員で昼ご飯の焼きそばを食べながら地方ローカル番組を見ていると、玄関の方から「頼もう!」と元気の良い声がした。


家信いえのぶ、行って来て」


 円卓の席が最も玄関側、という理由だけで駆り出される俺。


 居間の引き戸を開けて、廊下をトタトタと歩いていくと、正面の玄関に見るからに怪しい三人組が居た。


「……?!」


「頼もう! オレの名は勇者ハテン・コウ! ここはタナカ家かな?!」


 重力に反した金色のツンツン頭をしているガタイの良いイケメンが、俺に尋ねた。


「え、ええ、そうですけれど……」

「良かった。この古文書は間違ってなかったわね!」


 つばの大きい三角のとんがり帽を被り、紫のレオタード姿に80デニールの黒タイツ、ロングブーツを履いた艶やかな黒髪美女が古めかしい本の表紙をバンバンと叩いた。


「――はっ! 少年、危ない!!」


 残る一人、白くすその長い学生服の様な恰好をした、銀色長髪をオールバックにした糸目の男が、土足のまま家に侵入し、俺の頬ギリギリを蹴り上げた。


 すると、バアァン! と凄まじい音と共に、隣で何かが倒れた。

 俺は恐る恐る隣を見れば、謎の生物が伸びている。


 肌の色は緑。上半身裸で、下はズタボロのズボン。片手に剣を持った小鬼のような生物が、ピクピクと痙攣し、やがて力尽きると消えた。


 小鬼を蹴りで倒した長ランの男は、俺を見下ろし(それだけ背が高い)「怪我はないか、少年」と微笑んだ。


「は、はあ」

「あ! リード! 後ろ後ろ!!」


 美女が、俺らの背後を指さした。

 振り向くと――。


「うそっ!」


 嘘みたいだが、振り向いた背後に、大量の小鬼が現れたのだ。

 いつの間に!?


「これは、リアの出番だな。オレとリードが時間を稼ぐから、頼むぞ!」

「了解!」


 ――すると、デデデデ、デデデ♪……と、プログレッシブな音楽がどこからともなく聞こえて来た。

 その音に合わせて、ハテンと名乗った勇者とリードと呼ばれた長ランの男が小鬼達との攻防戦を始める。

 あっけにとられていると、背後から生温い風を感じた。


 振り向けば、リアと呼ばれた美女が杖を片手に詠唱を開始している。杖で空中に魔法陣を切れば、赤く染まる魔法陣。


「いでよ! ファイアーアロー!」


 魔法陣から赤い矢が幾重にも飛び出し、一気に小鬼目指して飛び交う。

 矢は標的に当たると爆発し、小鬼は奇声を上げて消えた。



 ♪パパパパーパッパパーーン♪


 ラッパのファンファーレ。


「やったぁ!」

「リア・リスト様にかかれば、このくらい楽勝よ!」


 更に、謎の声(Vo.下條○トム)が天から響く。


『ハテンは経験値を583000手に入れた〜。ハテンはレベルが上がった〜。レベルが98になった〜』


「よっしゃああああ!!」


 勇者ハテンがガッツポーズした時、


「家信、うるせえ!!」


 居間の引き戸を開けて、怒鳴り込んできた祖父。しかし、異様な勇者三人組を見て、足を止めた。


「ち、ちんどん屋か?」

家信いえのぶの友達?」

「ぎゃっ! 何その人達ー?!」


 家族達も騒動に気が付いて、廊下へと出ては口々に思った事を言う。

 長ランのリードが、ずいっと家族の前へ立ち、


「騒々しい登場の仕方で申し訳ありません。我々は勇者です。詳しいご説明は聖域で致しますので、こちらへ」


 と、家人でもないのに居間へと家族全員を導いたのだった。

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