田中家ラストダンジョン

さくらみお

1.魔王現る


 トイレの扉が強制的に閉まった時、パイプオルガンを主体とした荘厳な音楽が1坪の和式トイレに流れ始めた。


 単調だった音に、やがていくつかの弦楽器が加わり、重奏となって今後の展開への盛り上がりを魅せてくる。


 聴覚の演出と共に和式トイレの便器からは、灰色味を帯びた煙が立ち込め始めている。

 俺はその不意打ちに近い煙を吸って、盛大にせた。


「ぐえっほ、ごほっ! ごほっ! ハテン、まさか……」


『ハテン』こと、重力に逆らったツンツン頭の青年勇者は、狭いトイレなのに足を大きく開き、腰に手を当てて大幅に場所を取りながら、コクリと頷いた。

 その分、俺は壁にひっつく形でとても狭い思いをしている。


「ああ、間違いない。魔王の登場だ」

「げええ!」


 俺は慌ててトイレのドアノブに手を掛けて、外へ出ようと試みる。

 しかし、ドアノブはびくともしない。


「あ、開かない!?」

「強制イベントで脱出不可能になったのかもしれんな!」


 ハッハッハ! と豪快に笑う勇者ハテン。


「うっそ! 強制イベント!? 俺はただの家人だぞ!? ラスボス現場に居合わせないキャラだぞー!」


 と、ガチャガチャとドアノブを押していると、奇跡的に数センチだけ扉が開いた。


 すると、その隙間から中学生の妹・乃愛のあの顔がチラリと見えた。

 彼女の胸より下には不自然な茶箪笥ちゃだんすが置いてあって、これによってトイレの扉が開かなくなっていたのだ。


 ちっとも強制イベントじゃなかった。


「の、乃愛のあ! 助けてくれ! 魔王が現れた!」

「いやよ、開けたら家じゅう魔王になっちゃうでしょ! おにい、ハテンさんとなんとかしてよ!」


 そう言う乃愛のあの背後にはハテンの勇者仲間のリードと、両親、祖父母が居た。

 乃愛のあと代わって、両親達が扉の隙間前に入り込んできては無慈悲な事を言う。


家信いえのぶ、がんばってね!」

「トイレは完全に諦めた。なんとかそこで踏ん張りなさい! トイレだけに!」


「いやいや、トイレって家の中では結構重要じゃないの!?」


「男ならやれ! 家信いえのぶ~!」

「あ、じいさん、じいさん。今日はあんこ屋さんで饅頭の特売日だわ。買いに行かないと」


 と、最初っから俺と魔王に興味が無い祖父母は、いそいそと家から数十メートル先の和菓子屋さんへ買い出しに行ってしまった。


 な、なんて酷い家族なんだ。

 息子の心配よりも、家と饅頭が大事だなんて!


 ――なんて心の中で家族批判をしている間にも、トイレの陶器タンクの前に人型のシルエットが見え始めた。


 大柄の体躯に、頭には湾曲した角。

 

 煙から黒い手がニュッと飛び出し、俺の肩をガシリと掴んだ瞬間、俺はみっともなく絶叫した。


「ぎゃあああああああああ!!」










 ……なぜ俺が、自宅のトイレでこんな事になっているのか。

 

 それは、今から一時間前に遡る……。




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