太陽は、ずっと上り続けてる。

@cresttitania

短編

 どうやら朝は、まだ来ないらしい。



 「日の出予定時刻を過ぎても太陽が昇ってこない」


 「政府はこの状況に対して緊急声明を...」


 「今後もこれが続けば私たちは危機に陥るだろう。例えば...」


 「この状況は海外では...」



 起きたばかりの頭でテレビをぼーっと見つめながらご飯を食べていると、そんなニュースがあった。どうやら今日はずっと夜みたいだ。


 涼しくなると言っていたので、半袖じゃなくて長袖で行くことにした。もう秋になったみたいな気分になる。新鮮な気持ちと眠さが入り混じって頭が冴えないまま、時間に追われるように家を出る。



 スズメの鳴き声ではなく、暑苦しいセミやらコオロギやらの声が耳を覆いつくした。明滅する街灯には蛾が沢山集まっている。それに照らされた交差点は真っ暗な世界の中にぼんやりとした道を浮かび上がらせている。


 私はまるで蛾になったみたいに、うとうとしながら光に向かって進んでいった。


 





 「よお。おはよう」


 大きい交差点で信号待ちをしていると、ソラが後ろからいきなり顔を出してきた。悪だくみ仲間で、親友、、というと恥ずかしいど、友達って言うのは味気ないと思う。


 「おはよう」


 この時間だというのに車の量が多い。視界は色のついた人工的な明かりで満たされて、ソラの姿もうっすらと七色に光る。これから学校だというのに、まじめに椅子に座る気分じゃなくなってきた。


 ミラーボール扱いしてるわけじゃないけど、私はソラに照らされている気分になった。ソラがミラーボールだったら、回転速度は加速と減速を繰り返し、光の色は目まぐるしく変わるに違いない、でも掛かる音楽のbpmは何故かずっと変わらずゆっくりなんだ。と意味不明なことを考える。


 「ねえ。今日はさぼって何処かにいかない?」


 ぼーっと見つめていたら、突然ソラが悪い顔をしながら誘ってきた。赤信号が照らすその顔が私の眠気を吹き飛ばしてくれた。これはもう遊ぶしかない!という気持ちは多分同じなんだろう。



 青信号に変わったけれど、それを無視して私とソラは引き返し、街に向かった。暗雲と街灯に隠された小さな星空が、私たちを応援してくれてるように思った。





 「ほんとに空いてないんですか?」


 私たちは意気揚々と街を巡ったが、どこからも門前払いされてしまった。今日はどこのお店も空いてないらしい。


 「どうする?」


 澱んだ街の空気と、真っ暗なゲームセンターが私たちの気持ちを下げ切る前に、別のところに行きたかった。


 「それじゃあさ、秘密の場所があるんだ」


 ソラがまた悪い顔をした。今度は本当に悪いことを企んでるなと思った。光に照らされているわけじゃないのに、目の奥がキラキラしていたからだ。





 どこ行くんだろう、、ソラの家に案内されたらどうしようと思って少しドキドキしていたら、山の方向に向かいだした。いらない心配だったみたいだ。



 蒸し暑い澱んだ空気と煩い虫の声に向かって、ソラは軽やかに進んでいく。雲も明かりも少なくなっていって、それなりに見ごたえのある星空が広がる。それも私にとっては見慣れた景色だ。


 この先に何か面白いものがあるのだとしたら、一体それはどんなものだろう。




 山のことは昔から知り尽くしていると思っていたけど、気が付くと知らない道を案内されていた。真っ暗でほとんど何も見えないのに、ソラは道がわかっているらしい。獣道か、あるいは何もないところを切り開いて進んでいる。人工の光はここには一切なかった。ただ一つあるとしたら、ソラだった。


 携帯電話で辺りを照らすこともできたけど、ソラも私もそうしなかった。




 案内されたのは、町の資料館のような大きく立派な建物だった。でも、古びて壁は少し崩れ、そして全面が蔦に覆われていた。廃墟だった。



 "日出づる処の..."

 掠れて崩れかけた看板が何を意味しているのか、どうしてこんなところに建物があるのか、すべてがわからなくて、そしてすべてに心が躍った。どうして今まで教えてくれなかったんだろうと思うけれど、そんなことは些末事に思えた。


 「見せたいのはここの最上階なんだ」


 私は踊るように階段を上る日向に続いた。階段は本当に真っ暗で、一緒に転びながら進んだ。二人しかいないこの世界を、闇が照らしていた。



 「この部屋だよ」


 指差された場所を覗くと、画面の割れたパソコンや、崩れた板が床に転がっていて、釣り下がった太陽系の模型は肝心の太陽が取れてしまっている。廃墟そのものだった。しかも、壁も天井も鉄骨だけになっている。


 わずかな星の光が柔らかに差し込み、散らばる破片を浮かび上がらせる。所々に蔦が這っており、周りの森の虫たちの音がそのまま聞こえてきて、此処がもう人間の場所じゃないんだということが、まるで語り掛けてくるように伝わってくるようだ。


 「こんな場所あったんだ。これはどういうことなの?」


 「もともと天文の博物館だったみたい。私が来た時にはこうなってた。何があったのかとかは知らないけど、私の秘密基地にしてるんだ」


 「ソラ、そんな趣味あったの?」


 「かっこいいでしょ。特別に教えてあげる」



 私たちは、鉄骨の隙間から、星空を眺める。ここはもう屋上といってもいいような開放感があった。瓦礫を靴でどかして、いまにも崩れそうな床の端っこに並んで座った。

 

 此処の非現実感に、私は酔いしれていた。そしてきっと、昨日此処にきてもこの気持ちは味わえなかっただろう。背徳感と高揚感が、これまで感じたことなかったほどに感情を支配していた。空に向かって飛ぶことだってできる気がした。

 


 「たまにはこういう遊びもいいでしょ」


 此処は人間の場所じゃないけど、ソラの場所だ。


 そして、私たちの場所でもある。だって、ソラは私にこの場所を教えてくれたからだ。


 「すごいわくわくしたよ」


 「でも事故物件みたいでしょ なにか出そうで怖いんだよねここ」


 「やめてよまったくもうソラは...」


 季節外れの冬の星空が見える。地球を照らす太陽だけが欠けている今日は、昨日とは全然違う日だ。視界は暗いけれど、私にはそれに代わる太陽が隣にあるように思えた。


 気持ちは熱くなっているのに、夏の夜という煩さの中の平穏に包まれているのがとてももどかしくて、その気持ちを紛らすために、もっと照らされて熱くなりたかった。


 此処は、私たちの場所だ。







 あれからだいぶ時間がたったように思う。ひょっとしたらもう夕方かもしれない。


 いや、時間なんか気にしないほうがいい。むしろ永遠にここにいたいと思った。冬のダイヤモンドもずっと同じところで輝いていて、この空間が永遠だってことを教えてくれているようだった。


 隣を見つめる。私だけの太陽が、此処にずっと上り続けてる。そう、その輝きがあれば、星の光すら些細なものに思えた。光が私の思考を白色に塗りなおしていった。




 ソラが何色をしているかすらも、どうでもよかった。




 時間が止まったこの世界では、過去も未来もない。




 「此処に来るまでの道、知りたい?」


 「もう帰らないから、そんなことどうでもいいよ」


 ソラはちょっと意地悪な笑いを浮かべた顔をして、言った。


 「ずっと此処にいたい、そう思わない?」



きっと夜は、もう来ないのだろう。

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