第2話 ほうとう

思い返せば、彼女が人間らしくない部分は確かにあった。


最初に出会ったのは半年前、中学2年の秋だった。

「フードデリバリー『出前マン』で〜す。ご注文のほうとうをお届けに来ました!」

元気よくインターホンを鳴らしたのは、彼女だった。


僕の父は長期出張、母は料理が下手で、僕は夕飯にデリバリーを頼むことが多かった。べつに母が夕飯を作ってくれなかったわけではない。反抗期というのもあったのだろう。僕はことあるごとに母を拒否していたのだ。下手なんだから作るな、金だけ出せ、そんな感じのことを言っていたと思う。


玄関を開けると、そこにはほうとうの入ったビニール袋を持った少女が立っていた。文字通り、ほうとうの入ったビニールを。

「えっ……?ほうとうを……生で……?」

「いえ、ちゃんと容器がありますよ。逆さまになっているだけです。ほら」

彼女はほうとうでタプタプになったビニール袋から、ほぼ何も入っていないプラスチック容器を手づかみで取り出した。容器からカボチャ片がはみ出し、滴っている。

「手渡しは嫌ですか?では玄関に引っ掛けておきますね。ご利用ありがとうございました」

「いやいやいや受け取るわけないだろうが」

僕は慌てて彼女を引き止めた。彼女は困惑した表情だ。

「なぜ受け取らないんですか?あっ、笑顔が、足らないですか?」

無理やり口角を上げるローザ。あまりのポンコツっぷりに怒りも引っ込む。

「そうじゃなくて。容器をひっくり返したら僕が食べられない。それに、食品に手を突っ込んだら汚いだろ。あと君、成人してるのか?アルバイトか?」

「えっと、汚いのは、そうですね。ほうとうで私の手が汚れてしまいました。洗面所を貸してもらえますか?」

駄目だ。日本語がまるで通じない。

「はぁ。もういいよ、上がりなよ。どうせまた頼んでもひっくり返すんだろうから」

「お邪魔しまーす」

ドパッ。彼女はビニールを玄関に落とすと、躊躇なく家に上がり込んでいった。


「南さーん。手洗い終わりました。南さん、遅いですね~。何してるんですか?」

「もうバカ!お前がほうとうで玄関ぐちゃぐちゃにしたから掃除してんだよ。掃除」

「じゃあお先にお茶してますね~」

「は??なに勝手にお茶飲んでんの?」

「人の家に来たらお茶をいただくものかと」

「お前の常識いかれてんじゃねえの?つーか早く弁償しろ、諸々」

酷い言い方にも見えるが、常人ならブチギレて当然だろう。僕はまだ冷静だ。そう、冷静だ。ていうかあいつなに勝手にお茶飲んでんの?

「弁償しないなら『出前マン』本部に報告してやる」

「えっ……」

報告する、と言った途端、彼女は玄関まで戻ってきて、土下座した。

「ごめんなさい!お願いです、報告しないでください。私、今お仕事失うわけにはいかないんです」

急にしおらしくなった彼女に、思わず狼狽える。

「な、なんだよ。じゃあ弁償。ほら。僕の注文代、1540円。それくらいなら出せるだろ」

「だ、出せないです。へへ……。私、今お金なくて……」

彼女は財布を見せた。

「30円!?働いてるのにお金無いのか!?」

「えへ……。今日が初めてのお仕事です」

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