エンディング

フィオラ:「よっ……と。この辺まで来りゃ、あとは歩きでも大丈夫かね」


 ニオとの戦いから数日後。グリフォンの背に乗って、マカブから2日ほどの距離のところまでやってきていた。


フィオラ:「……そういや、本来はあんまり群れから離れたがらない、とか言ってた気がするな。だってのに悪ぃな、長旅させてばっかでよ」


 礼を言いながら、たてがみを撫でた後、グリフォンをキャラバンの方へと帰す。

 それを見送ってから、また歩き出す。それから2日後、懐かしき故郷の地へと、一年ぶりの帰還を果たした。


 出立したあの日と同じく、マカブの里は深く不気味な霧に包まれていて、動く者は誰一人いない。

 相変わらずの惨状に顔をしかめながら、フィオラは神殿へと足早に駆ける。

 そして、その中の光景を見て……まずは、一安心した。


 神殿の中心にあるのは、真紅の輝きを放つ魔法陣───この惨状の原因となっているもの。そこから溢れ出すのは、禍々しく赤黒い、靄で形作られた無数の触腕。

 その傍らには、氷の棺に閉ざされたマウアーと、座り込むワリムの姿。


 酷い有り様だが、しかしこれもまた、一年前と変わらない光景だ。強いて言えば、ワリムが少し苦しそうな顔をしているくらいの違いはあるか。


ワリム:「……戻ったか。〈時の卵〉は、手に入ったか?」

フィオラ:「あぁ。驚け、増量キャンペーンで二個持ってきてやった」

ワリム:「おぉ……!よくやった、儂の期待以上の成果じゃ。それならば、マウアーを救うこと、マカブを元通りにすること、そのどちらも叶うであろう」


 卵を見せると、ワリムはそう言って、自身の方へ手招きをする。

 だが……それに、フィオラは応じない。


ワリム:「どうした。早く、卵を持ってこちらへ───」

フィオラ:「───なぁ、じっちゃん。今からでも、考えを改める気はねえか?」


 代わりにそんな言葉を突きつけると、ワリムは笑みを浮かべた。

 およそライフォス神官のものとは思えぬ、邪悪な笑みだ。


ワリム:「……どうやら、見抜かれておるようじゃな。何故、儂が〈時の卵〉を求めているのか」

フィオラ:「あぁ。大方、持病を患う前の身体に戻るか……この神殿が、力を取り戻すところまで巻き戻すか。そんなとこだろ」

ワリム:「ほっほ……まさに、その通り。そして、そなたが持ってきた卵は、ふたつ。儂もまた、どちらの願いも叶えられるということじゃな」

フィオラ:「あたしが大人しく卵を渡せば、な。……けど、そうはならなかった」

ワリム:「あぁ。かくなる上は……殺してでも、奪い取るしかない」


 ワリムはゆっくりと立ち上がり、杖を構える。

 ニオには、恩情をかけてやる余地が残されていたが……この爺には、それも不要だろう。ここで息の根を止めなければ、何をしでかすか分からない。


フィオラ:「まさか、最後の喧嘩の相手が、じっちゃんになるとはな。……ご老体だろうが、持病で死にかけだろうが、手加減はねえぞ」

ワリム:「それで良い。あるいは、そなたのような者の魂であれば、我が神もさぞ、お喜びになられることだろうからな」


 言い合いながら、お互いににじり寄っていると───突然、甲高い鳴き声がした。

 この間と同じ、グリフォンのものだ。そして、それに少し遅れて───


サウリル:「っ、間に合った!」

ウルリサ:「ごめんなさい、やっぱりどうしても心配で。みんな連れてきちゃった」


 姉妹、カデアとシヴァニカ、ヤザンとアルナブ……一年間、共に旅をしてきた仲間達を背に乗せて、数匹のグリフォンが、神殿へと飛び込んできた。


フィオラ:「お前ら……はっ。いいね、喧嘩ってのはやっぱり、オーディエンスがいてこそのもんだ」

ワリム:「なるほど……旅の中で出会った仲間か。確かに、英雄は一人にして成らず、とも言うからな」


 こちらの援軍に負けじと、ワリムも魔法陣から何かを召喚する。

 全身から漆黒の突起を生やした、狼の姿をした化け物……おそらくは魔神。それを三匹、こちらへ差し向ける。


フィオラ:「あぁ。それに───こっちにゃ、清く正しいテケルロコ神官がいるんでな。どうせなら、そいつに導かれることにするぜ」


 グリフォンが、再び鳴き声を上げる。それを開戦の合図として、互いに動き出す。


 最後の戦いの、幕が上がった。


 ◇ 最終決戦 ◇


 敵はワリム改め〔邪神の使徒〕と、〔ワフーシュ〕という魔神が3体。

 ワリムはスタンダードな人族神官……かと思いきや、《カニングキャストⅠ》を習得している。奇しくもヴァグランツ同士であるようだ。

 ワフーシュは、殴る以外に能がないモブだが、攻撃が命中してもしなくても、1d点の確定ダメージを追加で与えてくるという、回避型にとってこの上なく厄介な能力が備わっている。早いところ数を減らさないと、じわじわと削られていく。


 ギミックは、まず〔建物〕。扉も窓もないため、移動はとても容易になっている。

 それと、前線中央エリアに〔真紅の魔法陣〕がある。この上に立っていれば、『奈落の魔紋』を使用可能になるらしい。

 つまり、中央を取っているワフーシュ(初期配置では全員そう)には、ランダムなバフが与えられるということだ。まあまあ厄介な効果が出てくることがあるため、ただの取り巻きの雑魚だと想って油断はできない。


 最後に、ニオとの戦いでも助けてくれた〔戦場外からの攻撃〕。ランダム1体に対しての作用なので、戦闘序盤はあまり活躍を期待できないかもしれない。


 先制は……フィオラが失敗したが、カデアが取ってくれた。《ファストアクション》無しになってしまうが仕方ない。

 1ラウンド目、プラトーンは後方に立ってフィオラに【ファイア・ウェポン】を使用。敵の数が非常に多く、長期戦が見込まれるので、まずはこれだろう。

 フィオラは[輝く肉体]を使いつつ、【ヴォーパルウェポンS】【キャッツアイ】【ガゼルフット】で自己強化。《撃爆投獣》を宣言し、ワフーシュAをBにぶつける(コロコロ)命中して、Aに17点、Bに15点。


 敵の行動、ワリムはワフーシュと自身へ【ヴァイス・シールド】。ワフーシュはそれぞれ魔紋を使用する。……どのタイプにするかの指定がないが、まあ攻撃タイプでいいか(コロコロ)Aは命中アップ/打撃点ダウン、Bは命中アップ/回避ダウン、Cは《鎧貫きⅡ》っぽい能力の付与。ハズレなしという非常に素晴らしい出目だった。

 その後、順々に攻撃。すべて回避し、Aには〈ブレードスカート〉で反撃による10点も与えたが、それはそれとして合計3d6点の確定ダメージが発生して(コロコロ)14点削られた。痛すぎる。

 最後に、戦場外からの攻撃がワフーシュAに命中して7点。残り20、これなら【ヴァイス・シールド】込みでも削りきれそうか。


 2ラウンド目、【ヒールスプレーA】で回復しつつ〈投げ〉から《踏みつけ》のコンボをワフーシュAに。トータル25点与えて、まずは一匹仕留めた。

 プラトーンには前進・ワフーシュBに攻撃してもらい、麻痺毒を入れておく。

 敵の行動、ワリムは【ヴァイス・ウェポン】を残りのワフーシュと自身に。

 ワフーシュBは魔紋で《鎧貫きⅡ》もどきを追加獲得し、諸々の補正の力で攻撃を命中させ、17点のダメージ。かなり痛い。

 Cは魔紋で《全力攻撃Ⅱ》を1ラウンドだけ習得、早速宣言。当たったら死ぬ火力だが、ここは危なげなく回避成功。だが3点の確定ダメージを貰う。

 戦場外からの攻撃はフィオラへの支援となり、行動判定+1をもらった。


 3ラウンド目。Bの命中力がえげつないことになっているので、ここはサウリルを呼んででも落としておかないと非常に不味い。

 ひとまず【ヒールスプレーA】で回復したのち、〈投げ〉《踏みつけ》コンボを叩き込み、29点。残り4点ならプラトーンの通常攻撃で削りきれるので、そうしてもらう。とりあえずはなんとかなったか。

 敵の行動、ワリムは【ゴッド・フィスト】をフィオラに撃ち込む……が、非常に出目が良かったおかげで抵抗成功、〈コンバットバトラースーツ〉の軽減効果もあって、7点受けるだけで済んだ。

 ワフーシュCは魔紋でふたたび《鎧貫きⅡ》もどきを引いてしまい、特に何も得られずに攻撃するが、流石にほぼ補正無しの攻撃には当たらない。とは言うものの、確定ダメージ(3点)でじわじわと削られるので、余裕を見せてもいられない。

 戦場外からの攻撃はワリムへと飛んでいき、9点を与えた。


 4ラウンド目。【キャッツアイ】【ガゼルフット】をかけ直し、【ヒールスプレーA】の後にワフーシュCへ〈投げ〉《踏みつけ》コン。どちらも回転するというえげつない出目によりトータル45点、残り9点に。前回とは打って変わって、やる気に満ち溢れているな。

 残り9点なら落としてしまった方がよいかな、ということで、サウリルに【リープ・スラッシュ】をしてもらい、無事に撃破。


フィオラ:「追い詰めたぜ、じっちゃん。お望み通り、テケルロコんとこに送ってやる。大人しくしとけ」

ワリム:「やはり、そう簡単には倒れぬな。だが……油断はするでない」


 ワリムの行動は、《カニングキャスト》を宣言したうえで再び【ゴッド・フィスト】。流石にこれは抵抗できない。

 ……と思っていたのだが、なんか6ゾロした。相手の威力表の出目も6ゾロした。お互いやる気が凄すぎる、これがラスボス戦の勢いか。

 戦場外からの一撃はフィオラへの支援が発生し、5ラウンド目へ。


 とは言ったものの、ここからの戦いはシンプルなものだった。

 ワリムのMPが底をつき、《魔力撃》を唱えようにも当たることはなく、ひたすら〈投げ〉《踏みつけ》【リープ・スラッシュ】戦場外からの一撃、と一方的に殴り続けることになり、6ラウンド目で難なく終わりを迎えた。

 ワフーシュがもう一匹多かったら危なかったかもしれないが……まぁ、ニオが事実上のラスボスだった、ということだろう。ここまで来たのに、負けてしまったのでバッドエンドです、ではあまりにも悲しいし。


 ◇ 結末 ◇


ワリム:「ぐふっ……み、事……じゃ」


 最後の一撃を受け、仰向けに倒れたワリムは、双眸を見開き、無貌の女神の像を見上げる。

 そして、まるで安息を得たかのように微笑むと、


ワリム:「……良い旅を、したようじゃな。お前さんたち」

フィオラ:「……あぁ。おかげさまでな」

ワリム:「ならば、良い。英雄を育て、導くという、本来の目的は……無事に果たされた、ということ……だ……」


 ……満足気に呟き、それを最期の言葉とした。

 神殿の中には、大勢の仲間がいるにも関わらず、静謐が場を包みこんでいる。


サウリル:「……まだ、終わってないんでしょ?あんたの役目は」

フィオラ:「あぁ……あぁ、そうだな。必死こいて手に入れたこの卵、早速使ってやるとしよう」


 両の手に〈時の卵〉を持って、頷く。

 マウアーを閉じ込めていた氷の棺は、魔力供給切れと、術者であるワリムの死によって、だんだんと溶け始めていた。

 それが完全に消滅するのを待ってから、床に倒れた義妹分に近づき、〈時の卵〉を差し出す。すると───卵は突然、太陽の如く光り輝き、神殿の中を照らしあげた。


フィオラ:「うおっ、なんだ───な、なんか生まれたぞ。鳥……?」

ウルリサ:「もしかして……これが、"黄金神鳥"?」

カデア:「黄金……そう言えば、親父がそんな単語を口にしていたような気も……本当に、この卵から生まれる存在だったのか」


 黄金の鳥は、その両翼を大きく広げると同時、鋭く一鳴する。

 その声による力なのか、まるで世界そのものを揺るがすかのような───魂に干渉されているかのような感覚に襲われて、一同は目眩を起こす。

 しかし、それも一瞬のことで、それが過ぎ去ると、今度は羽ばたきの音を響かせて……神殿から勢いよく飛び出して、北の空へと消えていった。


アルナブ:「……鳴いたと思ったら、飛んでいっちゃったけど」

ヤザン:「今ので、時が戻った……のか……!フィオラ、顔を見ろ」

フィオラ:「顔?……っ!肌の色が、元に戻ってる……!」


 言われて、マウアーに視線を戻してみると……ニオに噛みつかれ、青ざめていたはずの肌には赤みが戻り、弱々しかった鼓動は確かなものになり、消え入りそうだった呼吸音は、穏やかな寝息へと変わっている。

 外を白銀に染め上げている雪のように冷たかったはずの身体は、もはや自分と変わりないものに戻っていた。


フィオラ:「マウアー!生きてるか、気分悪くねえか!?」

シヴァニカ:「落ち着きなさい。病み上がりみたいなものだと思うし、そういうのは、もうしばらく、様子を見てあげてからでしょう」

フィオラ:「そ、そうか……あぁ、んじゃその間に、あっちもどうにかしておくか」


 ひとまず、無事ではありそうなのを確認できたので、視線を真紅の魔法陣へと移す。一時的なのかどうかはわからないが、触腕が消え失せ、大人しい見た目になった魔法陣だ。

 これこそが、ニオを吸血鬼たらしめ、マカブを瘴気で包みこんでいる、諸悪の根源。これを消さなければ、同じような悲劇が、また起こってしまうかもしれない。


 先ほどと同じように、卵を手に近寄り、それを差し出すと、再び黄金の鳥が神殿の中を羽ばたいた。程なくして、魔法陣はすっかり消え去り、外の景色も、随分と見晴らしが良くなった。

 人々に、外傷自体は見られなかったため、おそらく彼らもそのうち目を覚ますだろう。ようやく、永遠の眠りから解放されるのだ。


カデア:「……これで、全部終わりか。まったく、その辺の詩人に聞かされる英雄譚より、よっぽど凄い旅だった気がするな」

ヤザン:「だな。長い事冒険者をやっているが、間違いなく、人生で一番濃密な一年間だったよ」

フィオラ:「お前ら……へへ。ありがとよ、お前らの協力が無きゃ、今頃どっかで野垂れ死んでたかもしれねえ」


 ここまで着いてきてくれた六人のそれぞれに、礼を言っていく。

 そして、


フィオラ:「さて、と……まさか、このまま帰ろうだなんて思ってねえよな?」

サウリル:「え。まだ何かあるの?」

フィオラ:「あるだろ、そりゃ。マカブからすりゃ、あたしだけじゃなく、お前らも、立派な英雄様だぜ。つまり───」

ウルリサ:「───歓迎と感謝の宴でも開かせてほしい、って?」

フィオラ:「あぁ。なんなら、キャラバンの連中も呼んで……いや、それは流石に、食料と酒が足りねえかも……まあとにかく、礼がしてえんだ。みんなもきっと、同じ気持ちだ」


 やがて、目を覚ました人々、そしてマウアーは、何が起こったのかを知り、そしてフィオラの予想通り、一行に感謝し尽くす。

 そのまま、一年ぶりの大宴が始まり、盛大にもてなされた後で、グリフォンの背に乗って、キャラバンへの帰還を果たすだろう。


 その帰路に、フィオラも一緒であるかどうかは分からない。

 

 もしかしたら、今度は恩返しのために、キャラバンの一員となるかもしれない。

 もしかしたら、大切な義妹と共に、元の生活へと戻っていくのかもしれない。

 もしかしたら、オーレルムを離れて、新たな旅に向かうのかもしれない。


 ひとまず確かであるのは、此度の物語は、ここで閉幕となったこと……


 ……いや。もう一つだけ、語ることがあったか。


 ◇ 贖罪 ◇


 ふいに、全身になにかが浸透していくような───否。全身から、なにかが消え失せていくような感覚があった。


 止まっていたはずの心臓が動きを取り戻し、身体からはぬくもりを感じる。

 息を吸い込めば、凍てついた空気が、口を、喉を、肺を満たした。


「……そうか。上手くいったのか」


 暗い天幕の中、呟く。

 魔法陣が消滅し、儀式は無かったことになり……自分の身体は、ただのエルフへと戻ったのだ。

 思わず震える身体を、両腕でかき抱いた。


 寒さに───寒さを感じる喜びに。そして、自らの犯した罪に、震える身体を。


「大丈夫です。これから、共に償っていきましょう。私もまだ、贖罪の旅路の途中ですから」


 そっと、誰かの温かな手が、肩に置かれた。

 記憶の向こうにいる母親のような、優しい声と共に。


 それを皮切りとして、静かな泣き声と、懺悔の言葉が、溢れ出した。


 マカブからも、キャラバンからも離れた、どこかの天幕での話だ。

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