第十二話 "紅雪の花の如く" / 前編

~ あらすじ ~


 〈時の卵〉の製法の知識を受け入れられるだけの知識と技術を身につけるため、サヤリの弟子であったファディヤは、今度はトリファの街に住む黄金呪刻師、ノルハンの下で修行をすることに。

 それを待つ間に、一行はニオが去り際に残した『無貌の神の神殿について調べてみろ』という言葉に従い、そこへ向かうと、果たして最深部にいたスフィンクスから、無貌の神─────英雄を導く神テケルロコ、その正体を教えられた。


 テケルロコが使徒に英雄を導かせるのは、その魂を喰らうため。現代の者はそれを知ってか知らずか……狼狽、の後に憤怒、そして神格を変えてみせると決心したウルリサの様子からするに、恐らく後者なのだが。とにかく、そんな情報だった。


 ……しかしニオは、それが一体どうして、〈時の卵〉を手に入れることを躊躇わせるための情報であるかのように言っていたのだろう。

 あるいは我々が、なにか見落としをしているのだろうか。謎は深まるばかりだ。


 ともあれ、物語は遂に最終話。

 全ての疑問、そして問題が解決されることを願って、一行はファディヤの熟達を見守っているのだった。


~ あらすじおわり ~


 ◇ 卒業 ◇


 前回から二ヶ月後、再びのノルハンの工房。

 外では冷たい北風が吹き荒れ、雪を中空に舞い踊らせている。季節が一巡し、再び冬がやってきたのだ。


ファディヤ:「ど……どうでしょうか。ノルハンさん」

ノルハン:「うむ……。……いいだろう。これならば、文句の付けようもない」

ファディヤ:「や……やった!やったよ兄さん、みんな!」


 そんな厳しい季節のある日、ファディヤは遂に、ノルハンから印可を受けることができた。

 具体的な修行の内容は不明だが、鍛冶職人のそれに近いものだったのだろうか。だとするなら、年頃の女の子にとって、中々ハードな日々だったに違いない。


ヤザン:「よくやった。流石、俺の妹だ」

フィオラ:「ほんとに二ヶ月で認められちまった……こういう職人の技術って、数年とか数十年とか掛かるもんだと思ってたのにな」

ノルハン:「今回は、事情が事情だからな。本音を言うなら、こんな稀代の天才、まだ手放したくはないとも」

フィオラ:「はは、だってよ。お前に基礎を教えてたサヤリも鼻がたけーだろ」

ファディヤ:「そうなのかな?……うん、そうかも。それじゃ、成長した私の力を見せるためにも、早くサヤリ先生を助けに行こう」

ウルリサ:「えぇ。……その……ありがとう。私達のために、頑張ってくれて」

ノルハン:「おう、盛り上がってるとこ悪いが。やるべきことが済んだら、必ずここに戻って来るんだぞ。お前さんに与えたのは、あくまで仮の免状だからな」

ファディヤ:「はい。もっと勉強して、もっと立派になりたいですから。そのためにも、頑張ってきます」

ノルハン:「良かろう。……さ、待たせたな。何をするつもりなのか詳しくは聞いとらんが、しくじるんじゃないぞ」

フィオラ:「おうよ。そんじゃ……どうする、本隊まで馬でも借りるか?」

サウリル:「や、大丈夫よ。シュルカ様が、数日後に迎えに来てくれる手筈になってるってさ」


 その言葉通り、次の日にはメゼー・シュルカの馬車が、トリファの街へとやってきた。あらかじめノルハンの方から、連絡をしてくれていたらしい。


 そこから先は、トントン拍子だった。本隊との合流から程なく、ブワナ・ペサが再訪してくれて、ファディヤに〈螺旋水晶〉を渡し、知識を授けた。

 いくら準備が出来ているといっても、流石にすんなりと受け入れることはできないらしく、ファディヤは三日ほど高熱で寝込むことになってしまったが……目を覚ました時には、すっかり元気だった。むしろ、少し大人の顔つきというか、自身に満ち溢れた表情になった。


ファディヤ:「記憶が入ったのもあるけど……うん。修行で得た経験と知識に、より自信を持てるようになったからかも。なんて」

フィオラ:「良いことじゃねえか。それで、〈時の卵〉は?こないだ取ってきた〈紅金〉で足りそうか?」

ファディヤ:「うん、〈紅金〉は大丈夫。でも……それを加工するための〈焔蠍の鉄鎚〉から、魔力が失われてるみたい。これだと、ただの鉄鎚と変わりないわ」

カデア:「魔力か……それって、その辺の鍛冶師や魔法使いで、どうにかできるものなのか?」

ファディヤ:「駄目ね。強い魔力を含んだ、極高温の炎が必要になるわ。もちろん、真語魔法や妖精魔法のそれじゃ済まないくらいの」

サウリル:「魔法もだめか……他にはどんな手が?」

ファディヤ:「えっと……昔は、マイドゥルスが遺した魔法の炉で、できてたみたいなんだけど……その炉も、現代では全部、失われちゃってるみたい」


 つまり、もはや人の手ではどうにもならないということか。

 ……もしかして詰んでるのでは?


フィオラ:「おいおい……ここまで来て手詰まりかよ。どうにかならねえのか?」

ファディヤ:「……可能性があるとするなら、それは───」

クセナウイ:「それは、ゼンドリファーエンの吐き出す炎。……だろ?」


 絶望に暮れかけていたところに、話を聞いていたのか、クセナウイがいつもの済まし顔で煙管を吹かしながら、首を突っ込んできた。


ヤザン:「……確かにかの竜は、太古より生き長らえる存在。その魔力と炎は、並みの生物のそれではないかもしれないな」

ウルリサ:「それにもともと、お母さんを助けに行くために、あの吸血鬼を追わなくちゃいかないんだし。……行ってみましょう」

シヴァニカ:「〈紅金〉を持っているかも、という話もあったし。足りていなかった場合も、安心できそうね」

アルナブ:「タダで譲ってくれるかどうかは分からないけど……でも、行かないことには始まらないね」


 斯くして、一行が決意を固めると。


ブワナ:「彼奴にまみえるのか。ならば、余の子らに、ねぐらの近くまで送らせよう。黄金の翼を見れば、警戒されることもなかろうからな」


 ……まだいたんだ、この人。全然地の文に現れないから、てっきり水晶を渡してそのまま帰ったもんだと思ってた。

 渡しっぱなしにはできないから、ファディヤが起きるまで待ってたんだろうか。


フィオラ:「ありがてえ。また雪の積もる季節になって、歩くのも一苦労するようになっちまったからな」


 改めて、一行は黄金竜ゼンドリファーエンの住まう場所、地方南部の山岳地帯へと旅立つことになった。


 ◇ 意外な客人 ◇


 峻険な岩山の中腹あたり。山肌に突き出した大きな岩の、積雪の薄い所に、グリフォン達は降り立った。

 見上げると、雪に覆われたなだらかな斜面が、暗闇の先へと続いている。

 ここをまっすぐ進んでいけば、ねぐらである大きな洞穴へと辿り着くらしい。


ウルリサ:「この子達は、一度群れに帰すわね。明日の朝、また来てもらうわ」

フィオラ:「このクソ寒い中、待たせ続ける訳にもいかねーしな。まーた誰かに盗まれたりするかもしれねえし」


 ちなみに、クセナウイから事前に、防寒具や登山道具一式を貸してもらえたため、その辺りの心配はしなくていいらしい。

 なんだかんだ言って、最初から最後まで頼りっぱなしだったな、クセナウイ。シナリオ的には重要人物ではなかったかもしれないが、彼女がいなければ行き詰まっていたであろう場面が、何度あったことか。


サウリル:「一年前みたいにね。……気がついてみたら、オーレルムを一周しちゃったわね、あんたの旅」

フィオラ:「まったく、思ってたよりも長い旅になっちまったな。……でも、それも終わりの時か」


 しかし……物語内で一年弱、リアルでも半年近く。長かったようにも短かったようにも感じる旅路にも、果てが近づいてきている。感慨深さを覚えずにはいられない。

 が、足を止めるにはまだ早い。最後まで走り抜けていくとしよう。


 まずは、いくらなだらかな斜面と言えど、雪が積もっていれば簡単には登っていけないということで、〔生命抵抗力判定:目標値15〕から入る(コロコロ)フィオラは失敗して4点、プラトーンは成功して2点の疲労を得る。


 続いてチャレンジ。〔登攀判定:目標値:16〕〔軽業判定:目標値15〕に成功、プラトーンには4点疲労させて、経験点を1200獲得した。

 ……最終話なのに経験点が貰えるということは、なにか嫌な予感がするな。


アルナブ:「……!風の音、強くなってきてる。吹雪になるかも」

カデア:「ふむ……どこか、凌げる場所を探すか……いっそ雪洞でも作るかしないと、凍え死にそうだな」

フィオラ:「りょーかい。じゃ、適当に洞窟でも探して───おん?」


 寒さが深刻になってきたあたりで、一度足を止めると……ふと、楽しげに笑う子どもの声が、かすかに聞こえてきた。

 こんな雪山に子供、というのはあまり考えにくい。妖精辺りのような気もするが。


フィオラ:「……妖精だったとして、言葉が分かる奴、いる?」

アルナブ:「妖精語は無理だなぁ……諦めて、雪洞作りを頑張ったほうがいいんじゃないかな」


 探したところで、言葉が通じないのならあまり意味がない。洞窟の中にいるという保証もないし。

 大人しく、雪洞を作ることに。〔腕力判定:目標値15〕と〔精神抵抗力判定:目標値14〕に(コロコロ)成功し、疲労が2点増えるだけで済んだ。6点溜まったので、フィオラの分は〈ヴィコラスハーブ〉とタブレットで解消しておく。


 そのまましばらく、時間ばかりが過ぎていく。暗闇の中、終わる兆しの一向に見えない吹雪の音が響き続ける。


ヤザン:「このまま、朝まで続きそうだな。……かと言って、眠るには些か厳しすぎる環境だ」

サウリル:「焚き木も全然無いし、いつまで保つか……うぅ、やっぱり今からでも、洞窟を探しに……」

カデア:「止めておけ。既に体力の消耗は始まってるんだ、見つける前に凍死するのがオチだぜ」

フィオラ:「だよなぁ……酒で誤魔化すにも、限界が───っ、なんだ!?」


 そうしてただただ、吹雪が止むのを待ち続けていると───突然、雪洞の崩壊と共に、ひとりの客人が訪れた。

 崩れた雪の向こうから、顔を覗かせたのは。


ニオ:「何をしているのかと思えば……ここで凍死するのが望みか?」

フィオラ:「……てめぇ。一度ならず二度までも、おちょくるために来たのか?」


 予想外ともそうでないとも言える人物に、一行は驚きつつも臨戦態勢をとる。

 しかし、ニオはそれに応じず、後方へと飛び退り、


ニオ:「おっと。……ここでの戦闘は、ゼンドリファーエンによって禁じられている。灰燼となって吹雪に混じりたいなら構わないが、どうする?」

サウリル:「はん。ハッタリでしょ、そんなの。大方、吹雪で弱ったところを狙って……」

カデア:「いや。……嘘を言ってるようには聞こえない。どう思う、フィオラ」

フィオラ:「……あたしも、同意見だ。それに、やるつもりだったら、雪洞ごと殴ってただろ、あたしらのこと」

ニオ:「物分かりがよくて助かる。……さて、まずはお前たちを探しに来た理由について、話させてもらおう」


 武器を収めて、一旦は奴の話に耳を傾けることに。


ニオ:「我は今、ゼンドリファーエンと取引をしていてな。あの女……サヤリだったか、彼女はそのために連れてきた。少々強引ではあったが、どうせ事情を説明したところで、あの場では納得していなかっただろう?」

ファディヤ:「……先生は無事なのね。どこにいるの?」


 あ、いたんだ君。急に地の文に名前が見えてびっくりした。

 まぁ、もしかしたら現地でしか〈時の卵〉を作れないかもしれないから、そりゃ着いてきてるか……とはいえプラトーン部隊には入っていないので、道中の会話で出すだけにするか。


ニオ:「あそこに、ゼンドリファーエンから許可を得て借りている小屋がある。お前たちも、凍え死ぬ前に来るといい」


 さておき、ニオは少し離れたところに見える大きな岩の影を指差し、それだけ言うと、そちらへと真っ直ぐに飛んでいってしまった。

 おそらく、これも嘘ではないのだろう。


ウルリサ:「どうしましょう……って、ちょっと。ファディヤ?」

ヤザン:「……君たち姉妹に負けず劣らず、あいつもサヤリさんに会いたいみたいだな。付いていこう、どの道この吹雪の中では、待つことはできない」


 誰よりも早く、ファディヤがひとりで歩き出したのを見て、一行もついていくことに。ここはお互い、警戒することを忘れた方が良さそうだ。


◇ ニオの目的 ◇


 小屋の中を覗くと、全員が腰掛けるには足りなさそうだが、テーブルと椅子、それにかまどと暖炉もあって、中央には魔動暖炉……石油ストーブ的なものだろうか、とにかく凍える心配はしなくて良い環境が揃っていた。

 そんな小屋の中に、ニオはまるでここが我が家であるかのように堂々と入り……テーブルに腰掛けていたサヤリと、彼女の足にしがみつくようにしている、三歳くらいの人間の女の子の横を通り過ぎて、長椅子に悠然と腰を下ろした。


ニオ:「……中に入ったらどうだ。ご覧の通り、罠でもなんでもない」

サウリル:「お母さんは、まあいるのが当然として……その子はいったい───」


 扉を開けたままそう訊ねようとした瞬間、件の女の子が、くしゃみをした。

 外は大の大人でも凍える寒さなのだ、小さな子供にとっては、開かれた扉から入ってくる風だけでも耐え難いものだろう。


サヤリ:「……ひとまず、中に入って頂戴。少なくともここなら、安全に話し合いができるから」

ウルリサ:「……そうね。聞きたいことは山のようにあるし、疲れたし……座って温まりたいわ」


 納得のいかない部分は多いが、他ならぬサヤリがそう言うのなら、と受け入れて、一行も中に入り、テーブルを囲むことに。

 一触即発、とまでは行かないが、なんとも剣呑な空気が小屋の中に渦巻く。


サヤリ:「寒かったでしょうし……なにか、温かいものを用意するわね」

ファディヤ:「あ……わ、私も手伝います。先生」


 そのうち、呪刻師ふたりが、いそいそと席を立った。小さな女の子も、それについて行く。

 サヤリはおそらく純粋な親切心などからだろうが、ファディヤは表情から察するに、この話し合いにおいて、力になれることはないと考えて、肩身が狭く感じたのだろう。彼女はあくまでほぼ一般人の非戦闘要員だしな。


フィオラ:「頼んだ。……で。どういうつもりだ」

ニオ:「そうだな。まずは、子供のことから話すか。ゼンドリファーエンとの取引に、最も関係している部分だからな」

サウリル:「そう、それがずっと気になってんのよ。あんた、ゼンドリファーエンに何の用?」

ニオ:「そう急かすな。……あの子供は、南の山脈で蛮族に襲われていたそうだ。そこに偶然通りかかったゼンドリファーエンの姿を見て、連中は一目散に逃げていった。両親を失った幼子だけが残され、流石のかの竜も、見捨てる気にはなれなかったそうだ」

フィオラ:「……それが、お前とどう関係してんだ」

ニオ:「簡単なことだ。拾ったはいいものの、始末に困っていたところへ、〈紅金〉を求めた我がやってきた。そして、これは好都合だとばかりに、我に子供を押し付けたのだ。〈紅金〉を譲る代わりに、この子供の世話をしろ、とな」

シヴァニカ:「自分で拾っておいて、面倒な部分は人に押し付ける……仲良くなれそうだわ、ゼンドリファーエンとは」

アルナブ:「子供の面倒の見方が分からないのか、それとも単純にめんどくさかったのか……竜って、尊大でありながら気まぐれだからね」


 なんとも肩透かしな理由だが……まぁ、それで実際に世話をさせられているニオも、渋々受け入れていそうな雰囲気だ。


ニオ:「まったくだ。……とは言え、我も女児の相手の仕方など分からん。そもそも我は吸血鬼だ、いっそ血を啜ってしまおうかとも考えた。だが、ゼンドリファーエンはそれを認めなかった。〈紅金〉が欲しいのならば、この子供を生かしたまま、人の群れ・・に戻せ……そう言ってな」

ウルリサ:「はぁ……まぁ、そこまでは分かった。それで、お母さんを攫った理由は?」

ニオ:「それも簡単なことだ。分からないなら、分かる者を連れてくれば良い。加えて黄金呪刻師も必要だったのでな、この上なく適した人材だったという訳だ」

カデア:「呪刻師が?……まさか、あんたも〈時の卵〉を作ろうとしてるのか」

ニオ:「如何にも。あぁ、理由までは語らぬがな」


 ニオはあっけらかんとした様子でそう言ってみせる。〈紅金〉を求めている時点で、ある程度予想はしていたが。


フィオラ:「……けど、卵を作るのはサヤリじゃ無理だぜ。うちの自慢の大型新人呪刻師じゃねえとな」

ニオ:「らしいな。だからひとまずは、お前が他に呪刻師を連れてくるのを待っていた。時間に余裕の無いお前だからこそ、必ず〈時の卵〉を作るのに必要な条件を満たした状態で、追ってくるだろうと思ってな」

フィオラ:「はっ、全部手のひらの上でしたって訳か。けど、ファディヤも鉄鎚も、お前にゃ貸してやらねえぞ」

ニオ:「ならば、殺して奪い取るまでのことだ。……もっとも、この山にいる間は、叶わないが───おや。噂をすれば、竜のお出ましだ」


 ふいに、小屋の前になにかの気配がする。巨大な生き物が、吹雪すらも掻き分けて、空より舞い降りた気配。

 かと思うと、「吸血鬼。いるであろう」という、人の言葉でありながら、人ならざるものの声がした。山全体に響きそうなくらいに大きな、低い唸り声のような声だ。


ニオ:「付いてこい。気が触れても、怒らせるなよ」


 席を立ち、小屋の外へと向かうニオの背中を追うと、小屋の前には、金色の山と見紛う大きさの生き物がいた。


 鈍く光る黄金の鱗に包まれた、小屋と同じかそれ以上の頭部。人を吹き飛ばすなど造作もないであろう、巨大な両翼。


アルナブ:「───黄金竜、ゼンドリファーエンだ。間違いないよ」

フィオラ:「こいつが……なるほど。こりゃ逆らえねえ訳だ」


 まかり間違っても、たかが数人掛かりで敵う相手ではないと、ひと目見て分かる。

 ニオの警告に従い、まずは大人しく話を聞いておくことにする。


ゼンドリファーエン:「小さいのが増えたな。吸血鬼、これも汝の仲間か」

サウリル:「仲間なんて、そんなもんじゃ───」


 抗議の声を制するように手を伸ばしたのは、意外にもニオだった。

 どうやら本当に、この山にいる間は、協力的であるらしい。


ニオ:「あの子供も、だいぶ元気を取り戻した。間もなく山を下りられるだろう。こいつらは、その時のために連れてきた者たちだ」

ゼンドリファーエン:「そうか。ならば、約束通り……と言いたいところだが。その前に、もう一つ頼まれろ」

ニオ:「……どうぞ、なんなりと」

ゼンドリファーエン:「この山に、蛮族が足を踏み入れている。おそらくは、あの子供を追っていた連中だろう。ならば、これも約束の範疇だ。分かるな」

ニオ:「退治をしろと。では、仰せのままに」

フィオラ:「……なぁ。竜ともなりゃあ、有象無象の蛮族を蹴散らすくらい、朝飯前なんじゃないのか」

ゼンドリファーエン:「無論だ。しかし我の姿を見せれば、蛮族共はまた一目散に逃げ出し、それを探さなければならなくなる。その方が、余程面倒だ」

ニオ:「だろうな。それにこの季節だ、竜が暴れれば雪崩を引き起こし、麓に被害を出すことになる。そうなれば、ゴルドラン公国の者たちは、竜への信仰や敬意を忘れてしまうかもしれない」

ゼンドリファーエン:「左様。我の領域内で生きる者に害を為すのは、我としても本意ではない」


 つまりこれもまた、『面倒だから代わりにやっとけ』という話なんだろう。

 怠慢とまでは言わないが、もう少し自力で物事を解決して欲しいものだ。


フィオラ:「体よく面倒事を押し付けるのが上手い奴だな……いいぜ、分かった。けど代わりに、あたしの願いも聞いちゃくれねえか」


 さておき、タダ働き、しかもこの吸血鬼のためにというのは、あまり気が進まない。ここはこちらの要求も伝えておきたいところ。


ニオ:「おい。我の忠告を忘れたか?」

ゼンドリファーエン:「止めずとも良い。……そこのソレイユ。申してみろ」

フィオラ:「この鎚、魔力を失ってるらしくてな。力を取り戻させるのに、あんたの吐く炎が必要なんだ。蛮族共を追っ払ったら、やってくれねえか」

ゼンドリファーエン:「その程度、造作もないことだ。いいだろう」

フィオラ:「よし。……あ、もいっこ質問。〈時の卵〉ってのが作りたくて、今のお願いをしたんだけど……それ作るのに必要な〈紅金〉って、これで足りてるか?」

ゼンドリファーエン:「なんだ、既に用意出来ているのか。……そうだな。それだけあれば、ひとつくらいは作れるだろう」

フィオラ:「ひとつか……あんたが今持ってて、こいつ……あー……吸血鬼に渡すつもりの〈紅金〉もあんだよな?」

ゼンドリファーエン:「あぁ。約束を違えるのは、竜の名誉に傷がつく。故に、我が有している分……丁度、卵がひとつ作れる程度か。それをくれてやることに、変わりはない」

フィオラ:「なら問題ねえ。聞きたいのはそんだけだ」


 これで、作れる〈時の卵〉はふたつ。

 マカブとマウアー、両方を救えることが確定したと言えるか。


ゼンドリファーエン:「もう良いか。ならば、早速向かってもらおう。この場所から真っ直ぐに下りていけば、程なくして出くわすだろう」


 交渉を終えて、仕事の時間となった。言われたとおりに、雪道をまた進んでいくことに。

 ……が、雪山は上りよりも下りの方が怖い。転落のリスクがある上、先程よりも吹雪は強まっており、視界も非常に悪いのだ、歩みはとても遅くなる。


ゼンドリファーエン:「……人というのは、実に非力で、不便な存在だな」


 それに見かねたのか、黄金竜は一行を口でつまみあげて背中に乗せると、蛮族に察知されないように、静かに滑空して運んでくれた。


ヤザン:「……まさか、古代竜の背に乗せてもらえる日が来るとはな」

アルナブ:「嬉しいやら、そうでもないやら……けど、自慢はできるかもね」

シヴァニカ:「そうね。ヘキマ様に話したら、悔しさで失神するかもしれないわ」

カデア:「はは、親父のことだから有り得るな。帰ったら試してみるか」

フィオラ:「いい趣味してんなお前ら……」


 話した時の様子からするに、黄金竜と対面できている時点で、死ぬほど悔しがりそうなものだが。


 ともあれ、不本意ながら結ばれた一時休戦条約締結、そして〈時の卵〉を手に入れるための交渉を終えた一行は、蛮族退治へと向かうことになったのだった。



 次回、その蛮族戦から再開です。

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