第7話

 心地よいビートを奏でて鳴るスマートフォン、それを、手に取れなかった。どうしても、受話器ボタンに手を触れることが出来なくて。

 しばらくすると鳴り止んで、後悔がどっと押し寄せる。なんて言われるのだろう、なんて声を掛けられるのだろう、想像してみると、怖い。なぜ?そんなの、わかってる。

 画面を閉じてしばらくボーッとしていると、部屋のドアがノックされ母が入ってきた。

「結果は?」

単調な口振りで言う母からは、興味の無さが伝わってくる。

「…春から、一人暮らしする」

だから私も、素っ気なく返す。

「そう、連帯保証人にはなってあげるから」

 何だかとても、悔しい。悲しい。苦しい。早く出て行けと言われているようだ、いや、言われているんだ。

 あー、今日はなんて、つまらない日なのだろう。そう呟こうかとした時、インターホンが鳴る。玄関で母が対応する声が聞こえて、急ぎ足で階段を上がる音が部屋まで響いてくる。

 ドンドン、少し乱暴にノックされたドアが軋んで、どうぞ、と小さく言う。

 ドアが開くと、息を切らしたそら先生が、部屋の湿気でメガネを曇らせて立っていた。肩で息をして、慌ててマフラーを外すその姿が、どうにも愛おしくて。

「おめでとう」

その言葉を聞くやいなや、ダムが決壊するように気持ちが溢れて止まらなくて、手を広げたその胸に飛び込んだ。

 服は外気に晒されて冷たいけれど、抱きしめられた温もりは本物だ。

 声を上げて泣いた、我慢していた何かが切れたように。初めて、自分の努力が報われた気がしたから、嬉しいやら恥ずかしいやらでぐちゃぐちゃの感情が、涙になって表れる。

「大学まで見に行ったんだ、合格発表。そらちゃんの番号があって、直ぐ電話したんだけど」

「うん…ごめん、なさい…気持ちの整理が、付かなくて」

「おめでとう、頑張ったね。偉いね」

 一番欲しかった言葉、一番好きな人から、聞きたかった言葉。

「…春から、一人暮らし?」

「そのつもりです」

「うん、良かったね」

 頭を撫でられるのは子供っぽくて、慣れないけれど、宙先生からされるのは悪くないというか、嬉しかった。

 あぁ、私。頑張って良かった。

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