第5話

 最後の日、それを迎えるのが怖くて。でも、時間は待ってくれないから、最後だからと思い切りめかしこんだ。メイクは薄く、服もジャージじゃなくてちょっとキレイめな。

 でも、そんな私に何も声を掛けないのは、優しさかなんなのか。

「大丈夫、これなら大学受かるよ」

「もし受からなかったら?」

「ネガティブに考えないで」

 受からなかったらどうなるのか。大学に合格したら、迎えに来てくれるって言ったじゃない。受からなかった時、どうするの。

 パキッ。考え込む手に力がこもり、シャーペンの芯が折れる。

「ねぇ、そら先生。キスしていい?」

折れた芯をゴミ箱に捨て、新しい芯を補充しながら言う。

 空は有限。

 宙は無限。

 自分の名前に秘められた思いなど知るものか、私は名前で固定された有限の中でしか生きられないのだから、それなら自由勝手に生きたって誰も文句を言えたことではない。

 逆に、宙は無限なのだから、その行為を咎める人などちりに過ぎない。

「今日で最後でしょ」

 少し口調を強めて言う。

「じゃあ目を、瞑って」

 言われるがまま目を瞑る、しかし待てども待てども、唇は寂しさを露わにするだけで。待ちきれずに目を開けると、そこには顔を真っ赤にした“成人した大人”がいた。

「…いや、ごめん。合格したらのご褒美にしよう」

「それ、宙先生が気持ちの整理ついてないだけじゃん」

「そうとも言うね」

 はにかむその表情も、少し焦った手指の動きも、たまらなく愛おしい。

 私に課せられた運命は何なのだろう、目の前のことを考えるならば大学受験なのだけど、それから先私は何をしたらいいのか。

 まぁいいか。

 椅子を一気に近付けて、無理やりに頭を掴んで、メガネを外すと吸い込まれそうな程の目と目が合う、その目が虚ろになった時、唇が重なり合って時が止まる。

「…そらちゃんを合格させないと、俺も寂しいから」

 さぁ追い込みだ。と、距離が離れる。満足そに笑うその姿に、私もついつられて笑顔になる。

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