第2話 釣れない時は全然だが、釣れる時はこういうことはよくある

「……えーと、それでなんの用やったかな?」


「人を探してマス。このあたりにいるハズなのデスが……」


 と、彼女が話し始めた直後、俺の耳にチリン、チリンと鈴の音が届く。ハッとして河原を見れば、もう暗いのでここからは竿先のケミカルライトの黄緑の光しか見えないが、それがぐいんぐいんと揺れ動いていた。


「やっば! ごめんな! 今めっちゃ取り込んどるから後にしてもらってええかな!? 急ぎやったら別の人に当たってや!」


 そう言い捨ててすぐに土手を駆け降りて激しくアタッている竿に駆け寄り、左手にだけ軍手をはめ、一気に竿を振り上げてフッキング。ズシッとした確かな手応えとグイグイと抵抗する感覚が竿越しに手に伝わってくる。


「よっしゃ! ノッた! この引きは鰻やな!」


 リールを一気に巻き上げると、ずっしりと重く、時々グイッグイッと抵抗する鰻独特の引きがあって否応なしにテンションが上がってくる。


 やがて、水面を照らすヘッドランプの明かりの中、細長い魚体が身をくねらせながら抵抗しているのが見えてくる。

 最後は一気にクレーンの要領で釣り上げて陸に上げる。50㌢までは届かないようだが、それでも丸々と肥えたいい鰻だ。これは間違いなく旨い。タレ飯は回避や。


 軍手をつけた左手で鰻を掴み、針を外そうとしたら、完全に呑み込んでいる。ならしゃーない、と一瞬で見切りをつけて糸を切り、鰻を潮干狩り用のビニールネットに入れ、それからクーラーボックスに入れる。

 鰻はクーラーボックスから逃げ出す名人だから直接クーラーボックスに入れるのはNGだ。ネットに入れておけば逃げ出せないから安心だが。


 今日は幸先がいい。この時合いを逃さないように急がんと!


 鰻が針を呑み込むのはよくあることなので、すぐに針を交換できるようにあらかじめ糸付き針は何本か用意してある。すぐに針を交換し、餌のミミズを新たに付け、川に投げ込んで置き竿にする。直後、もう1本の竿先が激しく揺れ動き、鈴がチリンチリンと鳴ってくる。


「おっ! 次はこっちか!」


 もう1本の竿先の糸を指先でつまみ、ゆっくりクイクイと引っ張るとぐぐっと向こうも引いてくる。アタリ始めのタイミングで魚が確実に針に食いついているかどうかを確認するための“聞き合わせ”だ。

 餌にだけ食いついていてまだ針をくわえていない状態だとこのタイミングで餌がちぎれて抵抗がなくなるが、それでもその魚が逃げていなければ残った餌をまた食ってくる可能性はある。逆にこのように軽く引っ張っても相手の抵抗が続く場合は針までしっかり食っている可能性が高い。

 俺はすぐに竿を握ってぐんっと振り上げて合わせた。今回もしっかりフッキングしたようですっぽぬける様子もなくグイッグイッと心地よい抵抗が続く中、一気にリールを巻いて引き寄せる。


──チリリン……チリンチリン……


「うわわ! 嘘やろ! まだこっち上げてへんのに!」


 大急ぎで今巻き上げている竿の鰻を釣り上げる。最初の奴より気持ち小さいかな、というぐらいだが十分いいサイズだ。急いで針を外して鰻はクーラーボックスのネットに入れ、竿と仕掛けはそのままそこに放置して、激しくアタッているもう1本の竿の方に取りかかる。


 すでにしばらくアタリ続けているので“聞き合わせ”は不要と判断していきなり竿を振り上げて合わせてそのまま巻き上げる。

 ズッシリとした重さと抵抗の強さは最初の奴以上だ。こいつは50オーバーは確実。もしかしたら60越えもあるかもしれん。


 さすがに抵抗が強くてなかなかリールを巻き上げられないが、ちょっと抵抗の緩んだ隙をみて巻くのを繰り返す。


──ザッザッザッザ……


 砂利を踏んで近づいてくる足音に目線だけそちらに向ければ、さっきの美人の外人さんが近づいてきていた。

てかまだおったんやな。てっきり俺が相手をせんかったからどっかに行ったもんやと思ってたわ。


「これだけ釣り上げるまで待ってぇな。そしたら話できるで」


「はい。待ってマス。……上から見てましたガ、魚がよく釣れるんデスね。暗くてナニかはわからなかったデスが」


「これが釣れるんは今の時間だけやけどな」


 ようやくヘッドランプの明かりの範囲まで近づいてきた。明らかにでかい魚体が水面近くでばちゃばちゃと暴れる。


「……え? アレは……」


「おお、やっぱりでかいな! ……よいしょおっ!」


 近くまで寄せて、一気に引き上げる。鰻の仕掛けはラインもハリスも糸が太いからかなりの大物でもタモ網を使わずに上げられる。


「やった! こいつはすげぇ! 余裕の60オーバーなんて最高やん!」


「…………イール」


 針を外してネットに入れようとするがなかなか大暴れして入ってくれないのをなんとか押し込む。

 これで釣果は3匹。時間は19時45分。時合いだし餌もまだあるから粘ればまだまだ釣れるだろうが、これをこれから捌いて、炭火を起こして蒲焼きにすることを考えると欲を出さずにもうこのあたりで納竿にした方がいいだろう。


 釣竿の片付けを始めた俺を見て、外人美女が焦ったように聞いてくる。


「あ、あなたマサカ、こんなモノを釣っていたのデスか? しかも、これをマサカ食べるのデスか? 日本人なのに?」


「当然やろ? それに日本人はたいてい鰻好きやに」


「嘘デス! ワタシは日本の食事の美味しさを知ってマス! 日本人がこんなに不味いモノを喜んで食べるハズありません! ワタシは日本の庶民の食事も食べマシタ! 牛丼も、ハンバーガーも、回転ズシも、フライドチキンも美味しいデス! でもイールを食べてる人ナンテ見たことありません!」


 この外人さんファーストフードばっか食いよるな。ただ、牛丼屋や回転寿司でも一応、鰻はメニューとしてあるはずやけど割高だから食ってへんのやろな。


「言っとくけど、鰻は日本やと高級食材やに。俺が釣ったレベルやと1匹丸っと使った料理やったら1万円出しても食えへんに」


「1万円っ!? 嘘デス! ワタシの国では臭くて脂まみれで小骨も多くて不味いから誰も好んで食べマセン! ワタシを騙そうとしてマスね!」


 なんかムカッとした。ここまで鰻を貶されると料理人として何がなんでも思い知らせてやりたくなる。


「そらあんたの国が鰻の旨い食い方を知らんからやろ! 日本人の食への情熱舐めんな! ええやろ。俺も料理人のはしくれや。今からこの鰻を料理したるわっ! 文句あんのやったらそれ食ってから言うてみぃ! 俺が鰻の食べ方ってもんを教えたるわ!」


「言いましたネ! なら、本当にイールを美味しくできるのなら、ワタシはあなたに1万円支払いマスよ!」


 売り言葉に買い言葉で外人美女に鰻を食べさせることになった。





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