メシマズの国の美女に鰻をご馳走したら異世界で料理の先生をすることになった
海凪ととかる@沈没ライフ
第1話 関東以南の太平洋側ならだいたいどの川にも鰻はいるはずだ
観光地の飲食店にとって学校が夏休みに入る7月後半から8月半ばの盆まではまさに稼ぎ時となる。
それは俺が板前として勤める伊勢の和食料理店も例外ではなく、盆の
俺は高卒でこの店に入り、もう今年で7年になる。現在は大将に次ぐ二番板というポジションで多くの責任を委ねられているが、やはりいずれは独立して自分の店を持ちたいとも思っている。そのための資金もずっとコツコツと貯めてはいるが、日本の料理業界は基本的に安月給なのでまだまだ夢を叶えるのは先のことになりそうだ。
もちろん銀行の融資にも頼れるし、開業するとなれば当然必要になるだろうが、返すことを考えると借りる金額は可能な限り少ない方がいい。
そんな俺の趣味は釣り
翌日が休みの日に釣り場に出掛けて釣りを楽しみ、釣った魚をその場で料理して好きな酒と合わせて一杯やり、そのままそこに泊まる。はっきり言ってこれ以上ないほどの最高の贅沢だと思う。……残念ながら俺の周囲には賛同してくれるようなガチの釣り同志がいないので基本的にいつもソロで行くわけだが。
別に寂しいとかそういうことではない。ただ、同じ趣味の仲間がいればもっと楽しいやろうな、と思う程度の贅沢な悩みだ。
そんなわけで今年の盆明けの休暇も例によって釣り車中泊に繰り出していた。
俺の愛車は軽貨物のベストセラーであるスズキのエブリィバンを改造した軽キャンパーだ。後ろの座席を畳んでフラットにした上に床板を張り、一人用のベッド、小型のシンクと調理台、車のDC電源で作動する小型冷蔵庫、窓換気扇などを設置している。狭いスペースではあるが、調理環境にはこだわりたい俺の
今回のターゲットは、ずばり
この川の鰻は子アユやヨシノボリなどの小さな魚を主食にしているので身の脂の質がとても良く、臭みもない最高級品だ。ごく稀に市場に並ぶこともあるが、仕入れ価格で1匹数千から下手すれば万を超えるので到底手を出せる金額ではない。それに俺の場合、自分で捕ればいいだけだし。むしろ多く捕れた場合は蒲焼きにして冷凍してネットで販売すれば小遣い稼ぎにもなる。
釣ったばかりの天然鰻をその場で捌き、炭火で蒲焼きにして、それをツマミに涼しい川の宵風に吹かれて夜空の星を眺めながらキンキンに冷えたビールを飲む。嗚呼、こんな贅沢ほかにないやろ! もう想像しただけで口の中に唾が出てくる。
俺はワクワクしながらいそいそと釣りの準備を進める。
鰻の活性が一番上がるのは日暮れ直後の1時間ぐらいだ。今の時期なら19時から20時ぐらいが
鰻釣りの仕掛けは投げ釣り用の
仕掛けを川に投げ込み、竿先にアタリを知らせる鈴とケミカルライトを取り付けてあとは釣れるのを待つだけというのんびりとした釣りだが、時合いのタイミングだと次から次に釣れてきて竿を上げるのが追い付かないということもたまにある。
今日が良く釣れる日かそうでもない日かは始めてみないと分からんが、それでもある程度よく釣れる条件はある。
まず水温。水が冷たすぎるとあまり釣れないが、今日は触ってみた感じ20℃以上はあるからいい感じだ。
次に水量。雨不足で渇水している時よりも一雨降って少し増水している時の方がよく釣れるが、今日はちょうどそういう日だ。
そして
河面を見ると夕暮れ時の涼風が小波を立たせており、小魚がパチャパチャと跳ねて活性も高い。ええな! なんかめっちゃ釣れそうな気ぃしてきた。
俺はブッコミ仕掛けの投げ竿2本をスタンバイさせ、その時を待つ。
やがて、19時頃に太陽が西の稜線の向こうに没し、空が急激に暗くなってくる。まだ残照で行動に不自由しない程度の明るさはあるが、餌つけや針の交換などの細かい作業にはそろそろヘッドランプの光が必要と思える今からが鰻の時合いだ。
俺は1本目の竿を持ち、リールのペールアームを起こしてから竿を振りかぶり、自分よりやや上流側に投げる。
──シュルシュルシュル…………ドボンッ
狙い通りの流れのある深い場所に仕掛けが着水して水飛沫が上がり、波紋が広がる。
錘が川床に着底するのを待ってからリールを何回か巻いて糸のフケを取り、ピンと張った状態で竿を立てて固定し、竿先の鈴のポジションを調整する。
もう1本の竿も同様に、ただ投げるポイントはやや下流側を狙って投げる。
──シュルシュルシュル…………ドボンッ
あとはこのまま置き竿で鰻が食ってくるのを待つだけだ。10分ぐらい待ってもアタリがないようなら一度引き上げて餌の状態をチェックして別の場所に投げ直す。これの繰り返しとなる。
さあ、せめていいサイズの鰻が1匹でええから釣れて欲しいな。俺の晩飯が豪華な鰻丼になるか
車は土手の上に停め、その土手を下った河原で俺は釣りをしているのだが、飛び回る蚊が気になってきた。一応虫除けスプレーはしているのだが、やはり蚊取り線香が欲しいので車に取りに行くことにした。まだちょっと時間が早いからそんなすぐには釣れんだろうし。
急いで土手を駆け上がり、車から蚊取り線香を取り出した俺に誰かが声をかけてくる。
「あの、チョットいいでスか?」
「あ? …………!?」
ヘッドランプを点けたまま振り向くと、高輝度のLEDライトの明かりがスポットライトのようにそのTシャツとジーンズ姿の女性を照らし出し、彼女は眩しそうに目を細めた。
「あ……ごめんな。失礼」
慌ててヘッドランプを消したが、俺の網膜にはまるで美の化身と言っても過言ではないと思えるほどの幻想的なまでの美しさの彼女の姿が一瞬で焼き付いており、心臓がバクバクしはじめる。
絹糸のようなさらさらの銀髪。透明感さえ感じられるほどの白い肌。日本人とは到底思えない大きな目と高い鼻。眩しさに細められた瞳の色は
日本人じゃないというより同じ人間とは思えないほどのその現実離れしたその美しさはまるで……
「……エルフ?」
「ほえっ!? なんデ!?」
まだ暗さに馴れない目の前で彼女が何やら焦ったように両耳を押さえるが、さっき見えた耳は尖ってはいなかったように思う。
やがて目が暗さに馴れてくると両耳を押さえたままの彼女の姿が判別できるようになる。暗いと彼女の銀髪や碧眼の色彩が分からなくなって残念だが、それでもやはり現実離れした美しさだ。
「あの、どうシテ、エルフって……」
「あ、ごめんな。ちょっと見たことがないレベルの美人さんやったから、まるで物語に出てくるエルフみたいやな、と……って日本語で通じる?」
「大丈夫デス。分かりマス」
何やらほっとした様子で彼女が耳を押さえていた両手を外す。現れた耳は普通の人間の丸い耳だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます