地下鉄で惚れた!

 俺の名前はコタロー。長袖のシャツの袖を折って着るのが好きな男だ。

 えっ? 暑ければ半袖を着ればいいじゃんって?

 チッチッチッ〜分かってないな。

 長袖を折って着るのがいいんだよ。そこはかとなく男の色香を感じるだろ?


 今日も今日とて地下鉄の窓に映る自分と目が合う。


 ふっ……キマってるぜ。


 車内はだいぶ空いてきた。俺が座る4人掛けの椅子には右端に俺、左端に同年代と思しき別の男が座っていた。


 プシーー


 そのとき駅に着いた地下鉄のドアが開き若い女性が入ってきた。今風な感じのするなかなかチャーミングな子だ。あいにく対面の席は3人座っており空きは1つしかない。しかも知り合いのようで何やら会話が弾んでいた。


 女性は少し辺りを見回したあと一番近いこっちに向かって歩いてきた。一瞬、左端の男と俺との間に2人だけの、野郎にしか分からない緊張感が漂う。


 ポスっ


 若い女性は右から2番目の席。つまり左端の男と一つ隙間を空けて俺の隣の席に座った。


『ふっ……勝った』


 やれやれ、まったくイイ男はツラいぜ。左端の男の苦々しげな感情がまるでテレパシーのように届いてくる。隣の女性は特に気にするでもなくスマホのインカメラを鏡代わりにしながら前髪をしばらく弄っていたが、やがてスマホを鞄にしまうと下を向き、すぐに舟を漕ぎ始めた。


 カタン、カタン

 カタン、ガタン! ……こてっ


 ひっ! そのまましばらく揺られていると、ふいに隣の女性が俺の肩にもたれ掛かってきた。どうやら睡眠不足で眠たかったらしい。

 しかしいくら何でも寝つき良すぎ、ってか早すぎだろう? コイツ狸寝入りしてんじゃないか? くっ! 肩越しに伝わってくる体温が暖かい! お、おま、お前こんなん、


『惚れてまうやろーー!』


 何という恐ろしい女だ。鼻腔をくすぐる良い香りに一瞬で俺の意識が持っていかれそうになる。身体中の神経が肩に集中して、うっ……動けん! くっ! 対面の席の連中からの生温かい視線が嬉しいようで小っ恥ずかしいようで、どうにも複雑な気分だぜ! 畜生!


 プシーー


 そのとき駅に着いた地下鉄のドアが開くと、突然女性はハッとして立ち上がり、飛び出すように降りていった。え? 何? やっぱり起きてたの? 何でそんな都合良く目が覚めちゃうわけ?

 呆然と見送る俺。そう言えば女性は鏡で顔を見るフリをして結構周りを観察するって聞いたことあったっけ。あれってやっぱり……?


 プシーー


「あっ? 俺も降りる駅ここだった」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る