54 理性と欲情のあいだ

 旅の一座がもたらした、商会連合国家ギルドフリーデン国特有の瘴気症状は解決していった。

 

 なぜ特有とされていたのか、瘴気はどこから生まれ、感染したのか、それをまとめた資料をユウヴィーは一人で見直していた。

 

――コチニ・シラノーラ、商会連合国家ギルドフリーデン国の特有の瘴気症状。別名「淫靡の痣」は微弱な瘴気が公衆浴場に付着したままで、粘膜感染の蓄積により発症するものだった。本来、微弱な瘴気であれば耐性がある為、瘴気症状は発症しない。

 しかし、サウナテントなどの使い方は荒く、個々人の身を綺麗にするというのは定義されていなかった。石鹸という洗浄効果があるものも聖水がその代わりとして活用されていた。代替品としてアルコールによる消毒があったが、吹きかけるのではなく飲むものだった。

 

 ユウヴィーは瘴気そのものを浄化できるが、瘴気について詳しくない。図書館と研究区画を行ったり来たりし、日々学んでいるが確信を持ててなかった。黒い靄のようなものが瘴気であるが、小さすぎると見えない。

 

 今回の仮説がうまく当たったのも、商会連合国家ギルドフリーデンの本には書かれていない文化を知ったからだった。肌の色が違うだけではなく、民族としての特性があるのだろうとユウヴィーは思っていた。だけども確かめる術はなかった。

 

(モヤモヤするけれど、これで一応解決……したから殉愛フラグは折れたけれども、モヤモヤするぅぅぅ)


 テーブルの上には、知識チートで作られた石鹸が置かれていた。エリーレイドが幼少の頃に発明したシャボンジュールと呼ばれる石鹸である。

 石鹸により目に見えない瘴気は消滅することが確認された。だが、黒い靄や瘴気症状が発症している場合は抑制にすらならなかった。

 聖水と呼ばれる浄化作用のある液体では黒い靄や瘴気症状を緩和、抑制、浄化など瘴気の強さによって効果はあったのだった。

 

(わからないことが増えたけれど、エリーレイドに助けられたわ)

 

 シャボンジュールによって根本的な解決へと導く事になった。すでに発症してしまった人に対して浄化を行い、発症原因である環境はイクシアスの陣頭指揮によって調査が入り、研究区画と共同して対処したのだった。事態は終息へ向かい、イクシアスは本国から強制帰国を命じられる事になった。

 

 その前日、ユウヴィーはイクシアスがいる王族専用の屋敷に呼ばれていた。

 

 「君だけだ、僕の本当の姿を見せているのは」

 髪をかき上げながら、情けないような表情をしていた。

(いや愁いを帯びた的な表情か?)

 頬を赤めてユウヴィーを見ており、雰囲気的にこの一件のお礼を言われて今後とも国同士のいい付き合いでいようという流れではない事は充分ユウヴィーは認識していた。これは告白してくる、と確信していた。

 

 陣頭指揮をとっていたイクシアスは、王族ともいえる風貌と行動で惚れそうになっていた。

 イクシアスのお姉さん婚約者はそれをフォローするかのように立ち回り、イクシアス以上に環境に対して詳しかった。その様子から彼女の淫靡の痣は、そういった場所で瘴気感染したものだとわかっていたのだろうと感じた。またお姉さん婚約者が瘴気症状が出たのもイクシアスの「お遊び」が原因だと知っていた節が見え隠れしていた。

 

 ユウヴィーの浄化によりお姉さん婚約者の淫靡の痣を消し去った。消し去った後の彼女はその場で泣き崩れ、イクシアスに汚名を着せずに済んだと涙と嗚咽の中でしきりに言っていた。きっとイクシアスが市井に詳しいのも一時の「お遊び」から乗じたものだとも知っていたのだろう。

 

 その事を思い出し、イクシアスの後ろにすがすがしい表情をしているお姉さん婚約者を見る。目元は化粧で隠しているものの、泣いた後があった。

 

「婚約者とも話はつけている、来てくれ……僕の元へ」

 

 ユウヴィーは冷静だった。繰り返される告白で慣れた、というのとキーポイントとなる相手の婚約者が影で思い切り支えていて、当人は気づいていないというパターンを――。

 

 今回のユウヴィーは冴えていた。

 どのくらい冴えていたかというと、イクシアスのアプローチを感じ取り、元から支えていたお姉さん婚約者を差し置いた場合は完全にヒロイン失格だという事くらいに……冴えていた。

 

 その一端の理由は、図書館でいやらしい雰囲気にながされそうになり、それも悪くないかもしれないと思ってしまった負い目があったのだった。その後の「こと」も妄想してしまったのだ。

 浄化をし、そこから解決に向けて二人っきりになってもそのような雰囲気にならず、瘴気対策に日夜研究と調査に明け暮れた事を思い出し、自分には魅力が、色気がなかったのかと女としてショックを受けたのもあった。

 

 その後に自分自身を振り返り、冴えた状態になったのだ。

 一方、イクシアスは欲情と国の未来を天秤にかけ、戦って、理性を優先にしていた事をユウヴィーは知らない。


「お断り致します。無礼を承知で……申し上げます。今回の瘴気対策の答えはご自身の教訓と功績であり、私はそれを支援しただけに過ぎません」


 驚愕した表情を見せるイクシアス。

 何か言葉を発する前に、ユウヴィーは毅然とした態度で言葉を紡いだ。

 

「そちらの婚約者様はお気づきになられた後もあなたを支え、寄り添い、自身を曝け出してまで私に助けを乞いました。立場的に、曝け出さずともイクシアス様に打診し、協力を仰ぎたはずなのに……それをせず、おひとりで来ました」


 イクシアスは後ろに控えていたお姉さん婚約者を見て、どういうことだと問い詰めようとしていた。

 

「イクシアス様、あなたは外交的手段を用いて、王族として正しい手順で私に支援を申し出ました。それは王族として正しく、国として背負う一人の王子として、間違っていません」


 ユウヴィーはあとで外交責任者から怒られるかもしれないと覚悟を決めると深呼吸し、言葉を続けた。

 

「ですが、一番身近であり政治的に定められた婚約者と言えど、気高い行動と思いを、今一度その目で見てください。それが私がお断りした理由となります」


 イクシアスのお姉さん婚約者は彼の努力していた瘴気の事についても詳しい。

 なぜなら瘴気に感染していたから。

 

「どういうことだ?」

「あなたが女遊びをしてるのは知ってるわ、別にいいの。最後に戻ってきてくれさえすれば、私の勝ちだもの。国のためにがんばってるのは知ってるわ」


 イクシアスが女慣れしている事が事実だとわかり、二人きりの図書館でイイ感じになったことを思い出していた。

(くっ……)

 前世の二次元妄想夢空間であれば捗るのだが、ここは現実であった。そのため、複雑な感情がぶり返していた。

(妄想が現実になるって最高だったのでは……)

 ユウヴィーは情欲に身を任せそうになっていた。

 

 思い出しながら妄想しているところを、ハッと冷静さを取り戻した。眼の前で繰り広げられているイクシアスとお姉さん婚約者の熱いベーゼ、つまりはキスシーンだった。大人なキスであり、甘い声がユウヴィーの耳に入り、妄想トリップが中断されたのもあった。


「僕は……お前には最初から負けていたのか」


 二人は見つめ合っていた。

 

「もう女遊びはやめる」


 そして二人はまたキスしたのだった。


 ユウヴィーは二人が次第にエスカレートし、何か服を脱ぎだしそうだったので、咳ばらいをし、まとめ上げた資料をイクシアスに渡して、一礼して逃げるように退出したのだった。

 

 資料には褐色肌のこと、瘴気発症の進行具合が学園の生徒など他国の人の方が瘴気感染が多い理由、それらから免疫力の差などの考察なども記載したので役に立つだろう。ていうか役立てろ! 爆発しろ! という思いが屋敷から出た後に心の中で叫んでいたのだった。


 そういえば、とユウヴィーは思い出す。

(密室で親密な状態だと、野獣のようになってえっろくなるんだっけか……いや、襲われなくてよかった、よかったのよ!)

 自分自身に言い聞かせ、ほんのちょっとの出来心で殉愛ルートへ一直線に進んだ事を思い出し、胸を撫でおろすのだった。

 

 同時に終わった後に前世の記憶がうっすらと思い出され、終わった後でよかったと思うのだった。

 

(煩悩解散! 煩悩解散!)

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