53 清潔感、せめて汗臭さやベトベト感から解放を
ユウヴィーは連日イクシアスと顔を突き合わせ、コチニ・シラノーラの瘴気対策をしていた。図書館と研究区画を行ったり来たりし、まともに風呂すら入っていない状況だった。学園都市内で、発熱、倦怠感、のどの痛み、筋肉痛などの症状が次第に増えた事が原因だった。
光の魔法によって浄化をおこなえば解決するが、根本的な解決には至らず、その症状の原因すら消えてなくなってしまう。そのため、イクシアスが外交的手段をとり、ユウヴィーの協力要請をしたのだった。当のユウヴィーはアライン王太子から、イクシアスと協力するようにと命令され、根本的解決に向け動いたのだった。
「だめだ! 全ての仮説が違った……くそっ」
ドンっと図書館の机を叩き、イクシアスは苦悶の表情を浮かべていた。
光の魔法使いであるユウヴィーの協力を以てしても、根本的な解決が見いだせず焦っていた。ユウヴィーはイクシアスの焦りに対し、何も聞こえておらず商会連合国家ギルドフリーデンの文化、気温、湿度などを学園都市と照らし合わせ、共通点は何か洗い出していた。
「……すまない、ユウヴィー。突然怒鳴ってしまった」
イクシアスが自分の感情的な側面を出した事を詫びたのだった。それに対し、ユウヴィーはハッとし、話を聞いてなかった事を悟られまいと対応した。
「だ、大丈夫です。こちらこそ申し訳ございません」
とりあえず謝っておけという精神で頭を下げたのだった。それを見たイクシアスは彼女の肩に手を置いた。それに気づいたユウヴィーは顔を上げるとイクシアスの疲れた表情がとてもエロく感じたのだった。
(あ、やば…‥集中していた意識が)
疲れが溜まっているのもあり、極度の疲労蓄積が生存本能を覚まし、三大欲求が敏感に反応していたのだった。
イクシアスから発せられる汗の匂いは、ユウヴィーにとって刺激が強いものだった。良くも悪くも貧乏子爵家であった為、狩りの後や農作業後の汗の臭いには耐性を持っていた。だが、二人っきりという状況下では初めてだった。
見つめ合う二人、漂う互いの体臭。
ユウヴィーはハッとする。
自分自身の体臭がひどい事になっている事に気づくのだった。どうにかしたい、という思いがこみ上げてくるものの、目の前には何かこれから喋りますという雰囲気のイクシアスがいるため、動けないでいた。
「ユウヴィー、君はここまでして他国の事に尽くし、なんて美しいんだ」
さらりと指がユウヴィーの顎に触れ、そのまま手のひらが頬へつたっていった。指先が耳に触れ、少しこそばゆい感じがし、ドキドキと胸の鼓動が早くなっていた。
(あわあわあぁわわ――やめ、耳垢とか汗がががが)
そういったムードに流されないユウヴィーは自分の汗やちゃんと洗えてない身体を触れられているという羞恥心で死にそうな思いだった。相手は気にせず、止めず次第に顔が近づいてくる。
(やばいやばいやばいやばい)
自分の汗臭さを仮にも継承権がない王族に嗅がせてはいけないというのを思い出していた。厳しい貴族教育の中で、体臭に気を遣えない令嬢はそれだけで不経済で処されることがあると脅されながら教育されたからだ。
当時は料地内に銭湯を作り、日々必ず入っていた。だが、この学園にきてからは湯にゆったりと漬かるのは爵位が高い貴族や王族だけであった。そのため、今のユウヴィーは控えめに言って汗の臭いがする。
「ユウヴィー……」
イクシアスの甘い声がユウヴィーの中では「ユウヴィー……臭わないか」に脳内変換されていた。
――浄化最大ッ!
咄嗟にユウヴィーは光の魔法で浄化をし、自身とイクシアスの身体に付着した汗やベトベト感などを無くしたのだった。
そよ風のような心地よさが一帯を駆け抜け、清潔感に身に包まれた状態になった。さっきまであった疲労感もどこか吹き飛ぶような爽やかさが二人を包んでいた。
この時、机の裏に仕掛けられた影魔法の盗聴は解除されたのだったがユウヴィーは感知できなかった。それどころではなかったからだった。
浄化によってイクシアスは冷静さを取り戻し、恥ずかし気に離れて、口に手を当てながらユウヴィーから目をそらしていた。
「す、すみません。臭うと思いまして……ここ数日身体を清めていなかったもので……」
ユウヴィーは不快にさせた事を謝罪するのだった。
その発言に、イクシアスは思わず笑いながら答えた。
「ハハッ、そんなの普通だよ。フフッ……ハハハッ」
イクシアスが言う「普通」という言葉に違和感を感じていた。旅の一座が来た場所にはサウナのテントなどがあった。そういった行為をした際に洗う場所だと思ったからだった。ユウヴィーは即座に広げていた資料から瘴気の感染経路を割り出し、仮説を立てたのだった。
「イクシアス様、可能性を……根本的な対策が見つかったかもしれません」
「……え? 本当か?」
なぜ、淫魔の痣と呼ばれるのか、清潔にするという行為が国、民族によって異なるという事に気づいたのだった。前世で生まれ育った場所は世界一清潔な国とも言われ、香水といったものをつけず、風呂に漬かるという文化を持っていた。
ユウヴィーは大きく頷き、すぐに具体的な方法を話しはじめたのだった。
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