21:59

 前に大学の先生が言っていた話によれば、神保町が本、とりわけ古書の街になったのは付近に学校が多かったかららしい。教科書の取引が盛んになり、その関係で本の店や出版社が立ち並ぶのだとか。


 そんなことはこの時間帯になればもうどうでもよく、私たちの用事は飲食店が立ち並ぶ方街としての神保町にあった。カラオケ館もまねきねこも見えるが、今日はとりあえずパスだ。


「ここ、ここの豚骨醤油。細麺なのが少し残念な気もするけど、濃厚なのにアッサリいけるスープがまさにあそこのそれ」


「ふーん? 私は世界一うまいラーメンは我らが地元の誇りだと思ってるからそう簡単には譲らないけどな」


 券売機に野口を飲み込ませながらそんなことを口走る彼女。後で泣いたって知らないんだから。いや泣きはしないだろうけど。


 さて、十分とか、そこら経ちましたが。


「うっま、やばい思わぬところでトップ争いが始まっちまった」


「でしょ?」


「メンマがしっかりしてるとこんなにも美味いのか……」


「ほらほら、にんにくもあるよ」


「入れるに決まってんだろオラァ!」


 ガラわる。生徒会長ブランドが泣いてしまった。可哀想に。


「あ、ごめんさっきのスマホで撮ってたけどストーリー上げても大丈夫?」


「は? ふざけんな。やるなら私の美しさを全面に出しつつこの店が繁盛するようにやれ」


「あいあいさー」


 麺が伸びてしまってはもったいないので、投稿はまた後で。私も箸を取り、一口。空腹と疲れに支配された身体では「美味しい」以外の感想はすべて無粋になる。そんな言い訳をして食レポから避けているだけな気もするが、美味しいものは「美味しい」でいいのだ。


「えっごめんライス頼むわ」


「おーおー食べなさい、女の子なんだから」


「食べるわ、女の子だから」


「女の子だからラーメンにはちゃんとライスつけないとダメもんね」


「ほんとほんと」


「あっすいませーん私もライスくださーい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る