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 そこから渋谷駅に行くまでにしたことといえば、件の無印に寄ったり、電話ボックスがかわいい〜と話したり、大盛堂書店を前に舩坂弘について(ネットから聞きかじった程度の知識で)語り合ったり、相変わらずスクランブル交差点の変人にビクついたり、そんなことくらいだ。


「そういえばハチ公拝んでないな」


「まあ帰るときどうせまた渋谷駅来るから」


 などと笑いつつ、京王井の頭線のホームに入場した。長く広く屋根と壁に覆われたホームは私たちの地元では考えられない。いいタイミングで滑り込んできた快速列車で、「やっぱこのキレイな液晶が入ってる車両ビビる。あとホームの柵」などという話を聞かされ、そういうものかと腑に落ちるでも感心するでもない妙な思考の着地を得た。


 車窓に写る私たちの姿はやはりあの頃とは変わっていて、どちらもそれぞれちゃんと大学生らしくなっていた。中身がどうかまでは知らない。未だに卒業式の現実味は、逃げ続ける私に追いついてこない。


 予定通り下北沢で降りる。


「ここ壁のイラストがかわいいな」


「でしょ? この駅お店も色々入ってておしゃれなのよね」


 柔らかな線で描かれたシンプルな人々にスマホを構え、パシャリと一枚。


「よし、古着見るか」


「そうね、この辺は色々あるから」


 駅を出ると、比較的静かな街に出る。高い建物に囲まれ、広い道を色とりどりの男女が行き交う渋谷とはまた違う趣。飲み屋が多く、散見される服屋や雑貨屋もお高めのブティックとは違うアットホームな雰囲気をまとっている。いい意味で庶民的というか、私たちはこちらの方が居心地がいい感じがする。それなりに人通りも多いが、都会の雑踏というよりは縁日の賑わいのような空気感だ。


「ウチの大学の先生がね、シモキタも変わったよな〜って言ってた」


「へー、具体的には?」


「知らない、私だってこっち来てからしか知らないもん」


 はじめてきた時は、この息遣いはこの土地に根付いたものなんだと勝手に思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。それでも年季の入った店を見ると、ちょっと安心する。


「で、ここが私のオススメ。といっても有名だから混むけどね」


 二階建てになっている店舗を指差す。趣のある看板には、「古着全品¥700」の文字。ガラス張りの二階からは暖色の光が漏れ、色とりどりの服が並んでいる。流行りものといった感じはしないが、古臭い感じもない。無難におしゃれをするには値段も品揃えもいい感じ。


「ほら、上いこ」


「え、下は?」


「うーん、覗いてもいいけど上が本番というかメインというか」


「なるほど?」


 彼女がキャリーケースを担ぐのを見守りつつ、外の階段を登っていく。店内はバニラのような独特な香りが漂い、服と服の間を人が埋めているような所狭しの状況。


「これ今更だけど先にキャリーケース置いてくりゃよかったな」


「だって私の家結構遠いんだもん」


「まー楽しみにしてるわ」


 本当に楽しみにしてるのかよくわからない声色の彼女が引っ張り出したのはダメージジーンズ。ダメージが強すぎて、そういうデザインなのかシンプルに傷んでるのかよくわからない。


「例えば私がこういうの履くとするじゃん」


「スタイルいいしアリじゃない?」


「そんでさ、魅惑の美脚で男をたらすわけよ」


「おっ不穏な方向に行った」


「で、テキトーな男はべらせてさ、高校の頃の私を知ってる人に会うわけ」


「びっくりするだろうね」


「そうしたら私の生徒会長ブランドも大暴落だろうぜ」


 この緑のグラデからは想像しがたいが、彼女は高校時代生徒会長をやっていた。仕事は頑張っていてそれなりに先生からの評価も厚かったが、どうも扱いに不満が多かったらしい。「生徒会長だからってアブノーマルなわけでも純潔着れるわけでもねぇの」と日頃から愚痴を漏らしていた。私はその意味がよくわからなかったが、確かに彼女はそれなりに普通の女の子だし、純潔でもなかった。


「じゃあ、こっちのワンピースとかは? 好きだったりしない?」


 生徒会長ブランドらしい清楚なものを見せてみる。これを着て入道雲を眺めればきっとポストカードくらいにはなれる。彼女のポテンシャルならわけもない。


「ばーか、だからこそこのジーンズを買うんだろ」


 そのニッって笑み。その笑みなら映画のポスターだって、CMにだって出れるだろうよ。


「なんか、おしゃれですごいなー」


「オシャレといえばさ、私のバンドにいた男覚えてる?」


「ギターの人? イケメンで彼女持ちの」

  

「あいや、ドラムの方」


「あー、あのちょっとぱっとしない子」


「あいつ今金髪にパーマでバッチバチよ。ゴールドつけてるもん」


「マジ? 変わるもんだね〜」


 私も悔しくなって、肩が出る服を手にとってみる。少しガラじゃないけど、たまにはこういうのだって。と、意気揚々に触れてみたはいいが、これはなんというか、キレイだし値段を考えれば買ってもいいが、なんというか。


「アリじゃん? 似合うと思うぜ」


 そういわれちゃったら、もう。


「だよね、買っちゃお!」

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