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「で、どこ行きたいの?」
なんと、ノープランだ。私たちは一切の打ち合わせをしていない。決めているのは集合時間と場所、夜は私の家に泊まることくらいである。もっとも、東京の中ならわざわざ計画せずともどこにでもいける。日本の中心というのは、そういう場所だ。だから、彼女が行きたいと言った場所について歩けばいいと思っていた。思っていた。
「いや、特に考えてない」
なんと、ノープランだ。
「いやいや、あんたは考えて来なさいよ」
「いやそうは言っても東京って何があんの?」
うぐ。言葉に詰まる。そう、これは本当に贅沢な思考回路なのだが、東京に何があるといわれると「これ!」と言えるものが思い浮かばないのだ。スカイツリーがある。東京タワーもある。寺や神社も趣がある場所ばかり。劇場や美術館に水族館や動物園、それらも豊富。若者が歩き回って退屈しない街もたーくさん。
それで?
だから?
「なんかこう、これは『これは絶対行かないと帰れないー!!』みたいな場所が全然思い浮かばないんだよな」
正直わかってしまう。地元にいた頃に思い描いていた東京というのはなんだかキラキラしていて、大人で、ユートピアのようなものだった。学校帰りに寄る場所がコンビニしかなくて、せいぜいえらく遠回りをした先のゲームセンターかリサイクルショップというような生活とは無縁だと思っていた。
いや、事実として無縁ではある。大学の帰りに東京駅でショッピングもできるし、そこから山手線にでも乗ってしまえば渋谷にでも原宿にでも新宿にで行ける。それでも東京メトロ東西線ユーザーの私がわざわざ電車を降りるのは、ブックオフに寄るための門前仲町くらいのものだ。
本当に便利な街で、魅力に溢れてる。なのに。
「正直わかる。なんか『ここに行きたーい!』ってないよね」
「ね」
静かになってしまって、カラカラカラと彼女のキャリーケースが転がる音のみが私たちの間を往復する。気まずくはないが、居心地がよくもない。
「じゃあさ、お前はいつもどこで遊んでるの?」
「いつも? うーん、休みの日に行ったことあるのは渋谷のあたりとか、浅草とか……?」
「うわ、都会人だ」
「まー……うん、一応住んでるし」
旧友から都会人という言葉は若干差別的なニュアンスというか、「かーっ、つい半年前は田舎の小娘だったくせに」というような風味がある。それでも彼女に言われるとあまり嫌な気はしなくて、でもちょっとムカつく。ただ、貶されていないのはわかる。そもそも私たちは田舎といいつつも電車が一時間に二本はある恵まれた土地の出身なわけだから。
「じゃあ渋谷行こうぜ」
「いいよ、何が見たい?」
「そうだな、服とかコスメとか?」
「それなら原宿から回るといいかも」
「ほーん、そっちの方が近いの?」
「んー、原宿駅から渋谷駅って余裕で歩けるから、ひと通り見たあとに渋谷駅にいる方がその後の身動きが取りやすいかなって」
「なるほど?」
「したら有楽町線かな? 駅出なくてもよかったかもね」
返事はない。不思議に思って、首を横に。きょとんとした顔は、もちろん見たこともあるがどうも彼女らしくないというか、しっくりこない。ぱち、ぱち、と瞬きを二回。二つの瞳と泣きぼくろが私を見つめる。
「なによ」
「……や、すげぇなというか、おもろいなというか」
「なにが?」
へへ、っと笑って誤魔化される。もーっ、と顔をしかめてみる。
「で、どっち?」
「あー、えーっと、たぶんこっち」
なにやら不完全燃焼に会話が終わる。
「迷ったらごめん」
「どうにでもなるだろ」
でも、キャリーケースの転がる音はご機嫌に聞こえた。
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