近況報告会 in TOKYO
七戸寧子 / 栗饅頭
12:58
往来する人々は皆涼し気な格好で、時期が時期だからかキャリーケースを連れている姿もちらほら。次の電車を示す電光掲示板の文字がひっきりなしに動くのを、改札の外からぼんやりと眺める。東京は電車が多い。同じ方向の普通列車が一時間に二本しかなくて、それが当たり前だった地元からすれば信じられないほどの本数。そして、春に上京してから夏休みの今に至るまでの期間で、信じられないのが「東京の電車の多さ」ではなく「地元の電車の少なさ」になってしまっている自分のことがさらに信じられない。
光陰矢の如し、というやつだろうか。高校の卒業式も、引っ越しも、大学の入学式も、怒涛の新生活も、初めてのバイトも、テスト地獄にレポート煉獄も、全部一週間前のことにすら感じる。むしろ、まだ高校生である気すらしている。本当に時計の通り時間が流れているのだろうか。一秒の間に秒針が三つくらい進んではいないだろうか。
ちらり、と腕時計を確認してみる。初めて行った浅草で、その場の熱にあてられて買ってみたはいいが、レディースの手首の内側に文字盤があるタイプはどうもごつごつして気に入らない。指し示す時間も数分ズレているような気がして、結局はスマートフォンを小さなバッグから出して確認する羽目になる。そこに、「もうすぐ着く」の通知。
久しぶりに会うような、つい一昨日くらいにも会ったような。
改札を睨む視界の中に、突如見慣れた高身が出現する。なにもないところから現れたわけがないのだが、どうにも「出現」という表現が似合う登場だった。相変わらずスタイルのいい彼女は、一度瞳が捉えると嫌でも吸い付いたようになる。改札を出て、迷う様子もなく私に向かってくる。
「よ、遅くなった」
耳慣れた声。
「おー、はるばるごくろーさま」
私も、ほんの少し昔の頃と同じノリで答える。
「……身長伸びた?」
「親戚のおばーちゃん?」
「うわ、厚底じゃん。すっかり都会人になっちまって私は悲しいよ」
よよよ、と何様のつもりなのか泣く素振りを見せる。切れ長の目と泣きぼくろが、本当に悲しそうな表情を作る。鼻につく。それでも、その感じが懐かしくて、つい口角が上がる。
「てか、そっちも髪染めちゃったりなんかして、すっかり大学生じゃん」
彼女が長い緑の髪をわざとらしく揺らす。高校の頃の彼女は、国語辞典で引いたら出てくる通りの綺麗な緑髪で、生まれつき毛の色が明るくて癖毛の私はそれが羨ましかった。そんな彼女は、今はそこにグリーンのグラデーションをかけている。トレンドカラーが反映された髪色は私よりも都会人らしくて、なんだか癪にさわる。
「お前こそ、それ縮毛矯正? あのくせっ毛がストレートになっちゃって」
「別にいいでしょ。憧れてたの」
「責めちゃいねーよ」
厚底シューズでも届かないところでけらけら笑う美形を見て、いつの間にか少し本気で取り合っていた自分に呆れた。ひとしきり笑って、一息つき、彼女が口を開く。
「……光陰矢の如し、だな」
うわ、出た。先ほどは自分で思い浮かべていた言葉を、少しかっこつけて口に出された。それでかっこいいから気に障る。それでも、その言葉自体は否めなくて、適当に相槌を打つ。
「ま、そーね」
「卒業式から半年くらい経つけど、どうよ」
「どうもこうもないかな。矢の如しと言うには色々ありもしたけど、あっという間で、まだ言葉にできるくらい整理がつかない感じ」
「お、元気そうでなにより」
「ただ、そうね……」
敢えて言うなら。
「普通列車よりは早かったよ、たぶん」
はにかむ。彼女が。きっと、私も。
「じゃあ私が向こうに戻るのもあっという間だろうし、行くか」
「そうね」
改札口から離れていく。彼女が引くキャリーケースを見て、不思議と心が軽くなった気がした。
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