大文字伝子が行く50(前編)
クライングフリーマン
大文字伝子が行く50(前編)
午前9時。大阪。南部興信所近くのマンション。「ダーリン。もう一回。」「もう堪忍してくれ。幾つ歳離れてると思うてんねん。」「ほんの、半世紀やん。」「体もたんがな。精力強いのは分かっているけどな、若いし。」「部下を手込めにした責任取ってや。せやないと、裁判やで。本庄先生に弁護頼もう。」
「結婚するって言うてるやないか、お前がハタチになったら。」「今は18歳で成人やで。」「でも、タバコと酒はハタチからやで。」「もうええわ。はよ着替えて歯磨いて。」総子は日常的な痴話喧嘩を終えると、先に着替えて朝食の準備にかかった。
南部興信所所長の南部寅次郎は、大文字伝子の従妹の江角総子と同棲、いや、事実婚をしていた。興信所の近くなので、所員は皆二人の関係を知っていたが、素知らぬ顔で二人と対応していた。
午前10時。南部興信所。所長室。「所長。本庄先生です。」と言って、総子が本庄弁護士と入って来る。「所長。浮気調査をお願いしたいの。浮気相手は東京の人らしいんだけど。」
「そんなら、彼女を行かせましょう。まだ駆け出しやが、東京ならある程度土地勘もあるし。」「じゃ、お願いね。」と本庄は資料を置いて行った。
「総子。これ、経費。新幹線で行きや。夜行はアカンで。急ぎやからな。」「はい。所長。」
午後2時。新幹線車中。「こんなんと浮気するかなあ。取り敢えず、写真やな。」と呟いていると、隣の席の男性が声をかけてきた。
「お仕事ですか?」「ええ。ちょっと。ボヤキ聞こえました?すんません。ウチ、口から生まれて来たさかい、取りあえず思ったこと言葉にしてしまうんですわ。」「面白い。東京に行かれるんですよね。お時間あったら、よろしければ連絡して下さい。」
「あのー。ナンパですか?ウチ高く付きますよ。あ。違う違う、誤解せんといて。風俗はやってません。」男性は苦笑しながら、名刺を渡した。
「『市場リサーチ』の仕事をしてはるんですか、夏目さん。」「若い方の意見は、非常に参考になりますので。お仕事終えられてから大阪に戻る前にお時間がありましたら。」と男性は言った。
それから、約2時間。総子の独壇場だった。東京駅に着くと、総子は山手線に乗り換え、目白駅で降りた。駅に着くと、中津興信所の所長、中津健二が迎えに来ていた。
「いつもすんません。」と総子は中津に頭を下げた。
「ふうちゃん。この女がターゲット。」と一枚の写真を中津は総子に見せた。「依頼人によると、毎週金曜日に男に会いに行く。会うホテルは分からない。でも、泊まるホテルは目白ホテル。決まっている。」
「目白って言うと、高級住宅ばかりやと思っていたけど、そうでも無いんですね。」「まあね。」「じゃ、張り込みに行くよ。」
中津は発車した。ここでも、総子のおしゃべりは続いた。
午後5時。伝子のマンション。「交通安全教室、今回も好評でしたよ、伝子さん。伝子。」と高遠が言うと、「ごめんな、学。みんなを巻き込みたくないからな。」と伝子は夫である高遠に神妙に謝った。
「仕方がないよね。もう、敵の深層まで伝子さんの存在が知れ渡っているからね。」
EITO用のPCが起動し、画面が現れた。理事官が苦虫を潰した顔をしている。
「大文字君。大変なことが分かった。高遠君の提案で、警察内部から情報が漏れていないか、徹底して調べた。草薙から報告させる。」
理事官の隣の草薙が画面に出た。
「実は、中津警部補のPCがハッキングされていたことが分かりました。プライベート通信は禁じられている筈なんですが、中津敬一警部補は、弟の中津健二と職務用PCで連絡を取り合っていた。中津健二は興信所を経営しており、その興信所のPCがコンピュータウイルスに冒され、中津警部補に侵入した、という訳です。中津警部補はEITOとも協力して事件に当たったこともあり、厳重注意、中津興信所も、警察庁指定のセキュリティ会社と契約させました。」
「詰まり、ハッキングされた結果、EITOに伝子さんが、伝子が絡んでいる、と漏れた訳ですね。ワンダーウーマン達は?」「幸い、中津警部補はワンダーウーマンやスーパーガールが誰なのかは知らなかった。だが、安心は出来ない。」と、理事官が割り込んで言った。
「コスプレはしても、アイマスクをしていますからね。本来のアメコミヒーローは、アイマスクしている場合とそうでない場合があるけど、EITOの場合は『コスプレしている協力者』ですものね。」と高遠は言った。
「高遠君の提案が効いているよ。」と、理事官は言った。伝子が、反社対半グレの抗争(「大文字伝子が行く9」参照)の時に、素顔だったことに高遠は危機感を覚えたのだ。
「先日の『死の商人』小山だが、拘置所で自殺した。大文字君に遺言を遺したよ。『3都市殲滅計画』を阻止すべきだと。文字通り解釈すれば、3都市に同時に攻撃する計画がある、ということだ。」
「他の『死の商人』の情報はない、と言っていましたが・・・。」と、伝子が言うと、「君の影響力のお陰だね。君の能力だけでなく、『覚悟』の大きさを知ると、感化されるのかもな。そこで、EITOとしても戦力の強化をすることにした。まず、こしょう弾は正式採用となり、新しいワンダーウーマン軍団の正式装備となった。誰もが三節痕やヌンチャクを使いこなせる訳ではないからな。」
「新しいワンダーウーマン軍団?」と高遠が言うと、「陸自から2名、空自から2名加わる。どの道渡辺警視、白藤巡査部長は出産の為の休暇が控えているからな。それと、副総監の計らいで、元白バイ隊隊長の早乙女愛警部補も参加することになった。調整が付きにくいので、挨拶は現場になるかも知れない。」と、理事官は応えた。
「理事官。3都市って特定出来るんですか?」「まだだ。」「同じ日時でイベントが重なり合う、という条件はどうでしょうか?」と高遠は言った。
草薙が、「いいですね。条件を絞り込んで探してみましょう。もう少しヒントが欲しい所ですが。」と、高遠の提案を歓迎した。
午後7時。伝子と高遠が夕食をとっていると、EITO用のPCが起動し、草薙が画面に現れた。「高遠さん。予想通り、少なくないです。3都市同時に何らかのイベントっていうのは20パターンあります。」
「草薙さん、その中で、複数の場所で同時中継みたいなイベントないですかね。ライブとか。」「探してみます。」と、草薙は短く応えた。
午後8時。「お風呂沸いたよー、学。」と裸で伝子が出てきた。「場所、気をつけてね。EITOが起動しちゃうから。」と言うと、PCが起動したので、伝子は慌てて引っ込んだ。
「忘れてましたよ、高遠さん。TVです。大日本TVのチャリティ番組「ララバイ募金」のメイン会場が東京、大阪、名古屋がサブ会場です。スタートは明後日午後9時。終了時間は翌日午後9時。」
「メイン会場だけでも、それぞれ広いですね。町中でないのは幸いだけど。」と高遠が言うと、「取りあえず、報告しましょう。」と草薙は通信を切った。
伝子と一緒に浴室に入った高遠だったが、いきなり伝子にきつく抱きしめられた。
「伝子。どうしたの?」「明日、死ぬかも知らない。お前の肌の感触を忘れたくない。」
「大丈夫だよ、伝子はスーパーヒロインだもの。愛しているよ、永遠に。」
長風呂をし、『子作り』をして、二人は深い眠りについた。
翌日。午前9時。TVのニュースで、阿倍野元総理の暗殺事件の責任を取って、県警本部長と、警察庁長官の辞任が発表された。
「今頃?」「どうせ退職金で揉めたんだろう。あつこの話では、警察署長は以前から不祥事はあったらしい。マスコミが知らないだけで。『腰掛け』キャリアにはよくあることらしい。県警も誰の首に鈴を付けるか揉めたんだろう。」
「避難させないんだね、イベント中止させないんだね。」「犯行声明がある訳じゃ無いからな。そうか。当日発表する気だ。パニックを起こす前に。」
伝子は、久保田管理官用のPCを起動させ、自分の考えを言った。
「警備は厳重にする体勢だが、そうか。犯人は群衆の中にいて、パニックを起こさせる積もりか。じゃあ、入って来るのを阻止するんじゃなくて、観客を速やかに避難する手立てをした方がいいのか。よし。会議をしよう・・・。有能な夫婦だな。誠に言ったら僻むかな?」画面は消えた。
「赤木君やひかる君にも、情報収集を手伝って貰ってくれ。」と伝子は言って出ていった。「伝子。何処行くの?」「ホームセンター。」「ホームセンター?」
翌日。午前10時。伝子は台所からオスプレイでEITOに着いた。
4人の、新しい自衛隊員が伝子の前にいた。理事官が口を開いた。
「紹介しよう。大文字アンバサダー。陸自から派遣された、大町一曹、田坂一曹。空自から派遣された馬越二曹、右門一尉だ。皆、コスプレを楽しみにしている。今回から、レンタル衣装屋からのレンタルではなく、購入だ。あのレンタル屋には、いつも汚して迷惑をかけているからな。購入に大層喜んでいた。勿論、EITOに協力していることは堅く口止めしてある。まあ、いざと言うときは、恐ろしい女性警察官が報復することを承知しているから、文句は言えない。」
「理事官。一つ質問していいでしょうか?」と、大町一曹が尋ねた。
「何だね、大町一曹。」「何故、EITOの戦闘女性メンバーはわざわざコスプレをするのですか?」
「それは、事の始まりが、大文字君がEITOのアンバサダーに就任する前に関わった事件でコスプレをしたからだ。最初は、ただの『目くらまし』だった。乱闘の中の誤魔化しだった。大文字君の文武両道で知恵もあることでアンバサダーを依頼する際に、夫である高遠学氏に提案されたんだ。その頃はEITOも秘密の組織だったし、顔をさらさない方が、大文字君の身を守ることになるんじゃないか、と。それでアイマスク付きのスーパーヒロイン、まあ、大抵はアメリカのコミックヒーローの借用だが、戦闘時はスーパーヒロインということになった。」と、理事官は説明した。
「我々もコスプレするのは、素顔を晒すと、普段が危険になるから、ということなのですね。」と右門一尉が確認した。
「流石、空将が推薦するだけのことはあるね、右門一尉。ああ、因みに、マーベル社に著作権料、ロイヤリティーを今は払っている。防衛費が増額されたからね。」という理事官に「どういう名目ですか?」と伝子が尋ねると、「レクレーションの際の仮装。現場サイドでは真実を知ってはいる。」と、理事官は言った。
「理事官。あまり時間はないですが、2件、心当たりに助っ人を依頼していいですか?」「うむ。助っ人の当てがあるのなら、臨時に組み入れよう。」「実は、私の仲間、DDに交渉に行って貰っています。」
同じく午前10時。警視庁捜査一課。小会議室。久保田警部補と物部夫妻が中津警備補に面会に来ていた。「取調室でなくて、良かった。」と物部が胸を撫で下ろしていた。
「一朗太。何かやましいことでもあるの?」「馬鹿言うなよ。」「仲がいいですね。」と中津警部補が割り込んだ。
久保田警部補は言った。「実は、管理官からの依頼と、大文字さんからの依頼がありましてね。謹慎中だそうだから、すぐお会い出来ると思ってまっすぐやって来ました。」
「久保田さん、嫌味ですか?」「いやいや。管理官からの依頼は大文字さんの提案でもあるんですが、いずれセキュリティは強化するとして、敵にハッキングさせたままにせよ、ってことなんです。」「詰まり、罠にかけると。」「流石、察しが早いですね。」
「で。もう一つとは?」「これは大文字さん自身の興味から確認して欲しい、とのことですが、先日メダルを回収しに大文字さんを訪れたのは、弟さんの中津興信所と関係があるのでは?と。」
「降参です。大文字さんは『千里眼』をお持ちのようだ。弟の依頼で回収に行きました。」「詰まり。辻斬り事件の際に、謎の少女が現場に落とした、というか乱闘時に投げていたメダルのことを弟さんは知っている。その少女のことも情報を持っている、ということになりますね。」
中津警部補は中津興信所の名刺を久保田警部補に渡し、弟にスマホで電話しようとした。久保田警部補は自分のスマホを差し出した。「あ。行くのはこの二人です。」と久保田警部補は言い、中津警部補は弟に電話をして、事情を説明した。
最後に、久保田警部補は、電話を切った中津警部補に、「弟さんとのチャット・・・ですか。その場合の情報は後で管理官からお知らせします。スマホもハッキングされている可能性があるので、注意して下さい。」
午前11時。中津興信所。物部夫妻が入って来る。興信所所長の中津健二が応対した。
「ご覧の通り、小さな興信所でね。3人いる調査員は全て出払っていて、今はお茶くみの事務員と私しかいない。」ノックがして、眼鏡をかけた、その事務員はお茶を出して、下がった。
「実は、中津さん。警部補から電話して頂いたのですが、メダルの出所は?」「大文字さんの名代ということでしたが、お二人はどういうご関係で?」
「大文字伝子と私たちは大学の翻訳部の同級生です。」と物部が言った。
「正直に話しましょう。実は、ある事件がきっかけで本庄弁護士の紹介で当興信所と大阪の南部興信所が業務提携をしております。先ほど申し上げたように、3人しか調査員がいないので、助っ人を南部興信所に依頼したり、また、逆に南部興信所から情報提供を依頼されたり、というのが日常茶飯事です。その助っ人の女の子が、どこで買ったのか、そのメダルで遊んでいました。」
「詰まり、辻斬り事件(「大文字伝子が行く48」参照)の時に助っ人に現れた、全身ヒョウ柄ずくめの女の子を知っている訳ですね。」と、隣にいた栞が尋ねた。「メダルの回収は、その女の子の依頼ですね。現場にいたんですか、中津さん。」
ふう、とため息をついた中津は「現場にはいなかった。後で1枚足りないと言い出したので、大文字さん宅にあるに違いないと思って兄に頼んだんです。」と説明した。
中津は、名刺入れから、南部興信所の名刺を出して、物部に渡した。
二人が帰った後、事務員が顔を出した。「アカンな。ばれてるわ。」「メダルなんかに拘るからだよ。」「そやかて、中津さんから貰ったメダル、10枚しかないから。」「じゃ、投げるなよ。」「緊急事態やったから。それに、ヒョウ柄仮面が殴るばっかりやったらかっこ悪いし。」
突然、ドアが開いた。「じゃ、手伝ってくれよ、大文字の従妹さん。」と物部が顔を出した。
「あんたらプロほどじゃないが、探偵ごっこならしたことがある。大文字は感謝している。これでも付き合いが長いんでね。あいつの考えていることは大体分かる。辻斬り事件で実力を見せつけられた、と言っていた。相手の手首に手刀を与えるだけでも、結構ダメージを与えられるらしいな。実は、あの事件より厄介な事件になりそうなんだ。あんたのホームグラウンドは大阪なんだろ?」
「東京、名古屋、大阪。どういう攻撃をしかけてくるか分からないけど、那珂国のマフィアの策略で3カ所同時に攻撃してくるらしい。それで、伝子はあなたを頼りにしたいのよ。お願い。助けてあげて。」
「私にどうしろと?」「『大阪を守れ』っ、てことだ。大阪担当だな。」と栞と総子の会話に中津が割り込んだ。「連絡先教えて、すぐに新幹線で戻れ。南部さんには俺からも連絡しておく。物部さん、2つの興信所は可能な限り、DDとEITOに協力する。日本を守る為ならな。」
中津興信所の外。物陰から見守っていると、総子が慌てて出てきて、暫くすると、バイクに跨がってスタートさせた。
「結構な連携だな。本庄先生の知り合いか。ちょっと聞いてみるか。あ。大文字に連絡した?」「したわよ。今、高遠君と作戦を練っているって。」と栞が言った。
「大文字コネクション、フル活動だな。」と物部は笑った。
遡って、午前10時。西東京留置場。面会室。柴田管理官が、通称ジョー・タウと面会している。「兄弟に会いたくないか?」と管理官は言った。
同じく、午前10時。東東京留置場。面会室。久保田管理官が、通称ジャック・タウと面会している。「兄弟に会いたくないか?」と管理官は言った。
同じく、午前10時。天童邸。天童は、仲間の矢田と松本と共にいた。
久保田警部補とあつこが尋ねて来た。「おおよそは、電話でお伝えした通りです。」と久保田警部補が言うと、「答はイエスです。大文字さんの為なら、一肌でも二肌でも。彼らも同意見です。また、大文字さんと一緒に闘えるなんて、思ってもみませんでした。」
「実は、敵がどういう攻撃をするか分かりませんが、3カ所同時攻撃だということだけは分かっています。」「3カ所?」「東京、大阪、名古屋です。天童さんには大阪で守って貰いたい、と大文字さんは言っています。後のお二方は名古屋です。」
「分かりました。武士に二言は・・・いや、剣士に二言は要らない。お引き受けしましょう。」「私たちも何かのお役に立つのなら、喜んで。」「なんなりと。」
3人は3様に応えた。「では、お隣の小学校の運動場にオスプレイが止まっています。それに乗って下さい。詳細は追ってお知らせします。」と久保田警部補は言い、「それから、これはEITOで緊急に拵えた、チタン合金の刀です。天童さん、試して下さい。1本しかないので、松本さんや矢田さんの分が無くてごめんなさい。」と、あつこが言った。
―後編に続くー
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