61.後夜祭
「はい、終わり。もう! 気を付けてね! 女の子なんだから」
養護教諭は真理の治療を終えると、道具を片付けながら小言を言った。
「はい・・・」
真理は力なく頷いた。
「これから後夜祭ね。楽しんできてほしいけど、はしゃいじゃダメよ」
「はい・・・」
「痛い? でも、暫くは痛いわよ。我慢してね」
元気が無いのは痛みのせいだと思った先生は、優しく真理の頭をそっと撫でた。
真理は顔を上げると、無理やり笑顔を作った。
「へへ、明日には超大きな青あざになってそうですね~、両方の膝とも~」
「もう、笑い事じゃないわよ。ホントに擦り傷だけで良かったわ」
「は~い。ありがとうございました!」
真理はペコリと頭を下げると、立ち上がった。
ズキズキ痛むが一人でも歩ける。
「はい。お大事に」
先生は優しく真理に手を振った。
真理も手を振り返し、保健室を出ると、誰もいない廊下を歩き出した。
★
結局、真理は川田に保健室に連れて行ってもらうことはなかった。
保健室がすぐ傍だったこともあるが、偶然にも養護教諭が通りかかったのだ。
真理はすぐに教諭を引き留め、川田の同行を遠慮した。
川田は心配そうだったが、準備委員の立場もある。
真理が大丈夫だと分かると、
「じゃ、悪いけど、俺行くね。先生、よろしくお願いします。中井さんも大丈夫だったら、後夜祭に来てな!」
そう言うと、廊下を駆けて行った。
真理はそんな川田を見送ると、先生に支えられながら、保健室に向かったのだった。
真理はゆっくりと校庭に向かって歩いた。
やっとたどり着くと、校庭の中央にあるキャンプファイヤーの炎が目に入った。
その周りをたくさんの生徒が楽しそうに集っている。
その中にいると思われる奈菜と梨沙子を探そうと、真理も近づいて行った。
その横を見知らぬ女子が二人で話している会話が聞こえた。
「ねえ! どうするの? フォークダンス! 高田君に踊ってもらうの?」
「う~~、お願いしたいけど、断られたらどうしよう?!」
「何、怯んでるのよ! 告白するにはいい機会じゃない!」
「でも~、さっきから花沢さんが高田君の傍から離れないのよね・・・」
「あ~、彼女も狙ってるんでしょうね~。だからって、負けちゃダメよ!」
真理は彼女たちの目線を追った。
その先には高田が複数の友人と一緒にキャンプファイヤーを見ながらお喋りをしていた。
その友人たちの中には花沢も混ざっている。
見知らぬ二人は、ゆっくりと高田の方に近づいて行った。
真理もふらっと吸い寄せられるように、その女子の後に続いた。
花沢は高田の腕をちょんちょんと突き、自分に振り向かせると、キャンプファイヤーに向かって指差し、話しかけている。
背の高い高田は、花沢の話が聞き取れないのか、耳を近づけるように花沢に体を傾けた。
その姿を見て、真理は立ち止まった。
(何をしてるんだろう、私・・・)
仲良く顔を近づけて話している姿を呆然と見つめた。
途端に目の前の視界が曇りだした。
気が付くと、後から後から涙が溢れ出し、頬を伝って流れ落ちていた。
一瞬、高田と目が合った気がした。
気のせいかもしれない。だが、真理は慌てて踵を返した。
そして、走り出した。しかし、足が痛く、思うように走れない。
それでも、自分に鞭を打って、出来る限り早い速度で走った。
他人が見れば歩いているような速度でも、真理には全速力だった。
★
高田は荷物を校庭へ運ぶと、文化祭の準備委員を探した。
さっさと荷物を押し付けてしまいたかった。
ただ、自分のクラスの準備委員は花沢だ。出来るのであれば、彼女は避けたい。
別のクラスの準備委員らしい人物はいないか探した。
しかし、高田が準備委員を探すより、花沢が高田を見つける方が早かった。
「あら? 高田君、大荷物持ってどうしたの?」
不思議そうな顔をして傍にやってきた。
高田は観念して、花沢が近づくと、段ボールを中身が見えるように傾けた。
「川田君から預かったよ」
「まあ、ありがとう!」
花沢は手を差し出した。
「いいよ、重いから。どこまで持って行けばいい?」
「ありがとう! じゃあ、こっちにお願いできる?」
花沢は高田を誘導するように歩き出した。
荷物を置いたらすぐにでも退散しようと思っていたが、クラスの友人らに捕まり、そのまま後夜祭に参加する形になってしまった。
気が付いたら、その仲間の中に花沢も混じっている。
高田は心の中で溜息を付きつつも、友人らとキャンプファイヤーを眺めていた。
そろそろ、いろいろイベントが始まる頃だ。
どんどん人が増えてくる。
友人たちと適当に雑談していると、花沢に腕をちょんちょんと突かれた。
何かを指差して話しているが、よく聞き取れず、耳を傾けるように顔を花沢に近づけた。
「ねえ、高田君。もう少ししたら、キャンプファイヤーの周りでフォークダンスが始まるでしょ? 一緒に踊ってくれないかしら?」
高田はその言葉が聞き取れなかった。
まったく耳に入らなかったと言っていい。
それよりも他のことに気を取られていた。
視線の先に、大粒の涙をハラハラと流しながら自分を見つめている真理がいたのだ。
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