60.保健室へ

「た、高田君・・・」


真理は目を丸めたまま高田を凝視した。

たが、高田はそんな真理を見ようともせず、真理の片腕を自分の首に回すと、サッと真理を横抱きにした。


(えええ~!?!?)


「津田君、都ちゃん、悪いけど、片付けの方を頼むよ」


「え? あ、えっと、うん・・・」


「うん、分かったわ! ありがとう、高田君! 真理ちゃん! 本当にごめんなさい! 後で改めてお詫びするわ!」


津田はすこし呆けた顔で返事をし、都は心から感謝するように大きく頷いた。

真理の驚愕を余所に、三人の会話が終了すると、高田はくるりと向きを変えて歩き出した。


暫く真理の思考回路はストップしたまま、大人しく高田に横抱きにされていた。


「ったく・・・。ホント、何やってんの? どんだけドンくさいんだよ。中井さんって」


高田の呆れた声に、真理は我に返った。


「い、いや、あれは事故よ! 事故!」


「だからって、あのまま津田君におぶさるつもりだったの? 都ちゃんの前で? 空気読めよ」


「読みましたー! 断りましたー!」


「ふーん?」


真理の顔のすぐ横で、高田が意地悪そうに眼を細めて真理を見た。

その顔に真理の心臓はドキーンッと跳ね上がった。


「ちょっと! それより降ろしてよ! 大丈夫! 歩けるから!」


「よろけてたけど?」


「ちょっと支えてもらえれば歩けるってば!」


「そ」


高田は立ち止まると、素直に真理を降ろした。


「それは良かったよ、手がしびれかけてきたから。重くってさ」


「なっ!」


澄まして毒舌を吐く高田を、真理は真っ赤な顔で睨みつけた。

高田はそんなことなどお構いなしに、真理の腕を掴んだ。


「わっ!」


「何だよ? 支えれば歩けるんだろ?」


高田は驚く真理を不満そうに見ると、


「それにしても、両膝擦り剥くって・・・」


呆れたように呟いて、ゆっくり歩き出した。


「な、何よっ! しょうがないじゃん!」


真理は真っ赤な顔をプイっと背けた。

至近距離の高田に心臓がドキドキと鳴り響き、うるさくて仕方がない。

このままだと、高田にまでこの振動が伝わってしまいそうだ。


「しょうがなくないだろ・・・。傷が残ったらどうするんだよ。中井さんだって一応女の子なんだから・・・」


「~~~!」


はあ~と軽く溜息を付き、軽く毒を吐きながらも自分を心配する高田に、真理はもう言葉が出てこない。

さらに体温が上がり、心臓の鼓動のスピードも上がる。脈拍まで波打つ始末だ。


(人の気も知らないで!)


真理は唇を噛み締めて、赤くなった顔を見られないように俯いたまま歩いた。


高田もそれ以上何も言わない。

二人は黙ったまま、ゆっくりと歩いた。


その角を曲がればもう保健室が見えるという所で、高田は足を止めた。

真理は不思議に思い、顔を上げた。

チラリと高田を見ると、高田は右上の方を見ている。そこは階段だ。


真理も高田の視線を追って階段を見上げた。


そこには大きな段ボールを抱えて下りてくる川田の姿があった。


「川田君・・・」


真理はポケッと川田を見つめた。

川田は段ボールと足元に気を取られ、二人には気が付いていない。


真理は川田を見ても何とも思わない自分に改めて気が付いた。

あれだけ夢中だったのに、成就しなかった恋というのは、意外と冷めるのが早いものだ。

自分の移り気に呆れ、真理は思わず自嘲気味に笑った。


次の瞬間、高田の手が真理の腕から離れた。


「え・・・?」


真理は不思議そうに高田を見ると、高田は階段に向かって声を掛けた。


「川田君」


高田の呼びかけに、川田はすぐに気が付き、段ボールの脇から顔を出すように階段下を覗いた。


「ああ、高田君。あ、それに中井さんも。どうしたの?」


川田は階段を踏み外さないように慎重に、それでも、出来るだけ早く、トントントンっとリズムよく下りてきた。


「ごめん、川田君。忙しい?」


傍に来た川田に、高田は申し訳なさそうに声を掛けた。


「うん。これから後夜祭だろ?」


「ああ、そうか。川田君、準備委員だもんな。それは後夜祭の荷物?」


「うん、そうだけど」


川田は不思議そうに高田と真理を交互に見た。


「川田君、忙しいところ悪いんだけど、彼女、転んで怪我しちゃってさ」


そう言って、高田は真理を見た。


「え? 転んだって? 中井さんが?」


川田は改めて真理の全身を見て、両膝の流血に気が付いた。


「うわっ! マジか!? 大丈夫? 中井さん!」


川田は段ボールを床に置き、真理の傷をしげしげ見た。

真理は慌てて、川田の顔の前で両手を振った。


「えっと、うん、大丈夫! そんな大した傷じゃないし!」


「血、出てるじゃん!」


「うん、まーね! あははは!」


真理は頭を掻きながら無理やり笑った。


「で、悪いんだけど、川田君。中井さんを保健室に連れて行ってもらっていいかな?」


(え・・・?)


高田の言葉に真理は息が止まりそうになった。


「俺、学級委員の仕事があって、ちょっと担任に呼ばれてるんだ」


「そうなんだ。わかったよ。中井さん、早く保健室に行こう。歩ける?」


川田は何の躊躇いもなく、真理の腕を取った。

高田はその行動から目を背けるように段ボールに目を落とした。


「その荷物は俺が持って行くよ。校庭に持って行けばいいんだろ?」


「いいよ! 高田君だって急いでるだろ? 荷物はここに置いておけばいいよ。後で俺が持って行くし」


「いや、いいよ」


高田は段ボールを持ち上げると、


「じゃあ、よろしく、川田君」


そう言って、真理の方を一度も見ずに、足早に去って行ってしまった。


真理は胸をギュッと押さえた。

鋭いナイフで縦に切り裂かれたように、胸が痛く、息が苦しい。

膝の傷よりも、ずっとズキズキと痛んだ。


だが、何も言えないまま、小さくなる高田の背中を見つめていた。

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