57.一瞬の共同作業

(げ!)


真理は慌てて川田の腕を掴んでいた手をバッと放した。

なんていうタイミングなんだ!


「やばっ! そうだった。先生に呼ばれてるんだった! ありがとう、高田君!」


真理に振り払われるように手を放されたことに対して、川田は特に気にしている様子はない。

すぐに真理に振り向くと、


「すぐ縛るよ」


そう言って段ボールをまとめ出した。


「そんな! 大丈夫よ、川田君! 呼ばれてるんでしょう? 早く行かないと!」


「でもさ、また倒すかも」


「いやいや、本当に大丈夫!」


真理も慌ててしゃがむと段ボールに手を伸ばした。


「・・・段ボールを縛るの?」


その声にギョッとし、真理は顔を上げた。

すぐ傍で高田が二人を見下ろしている。


「縛るだけなら、俺がやるよ。その紙袋も俺が教室に持って行くから」


「本当? 高田君。悪い、じゃあ、頼んでいい?」


「ああ・・・」


川田は急いで立ち上がると、


「ありがとう、高田君。ごめん、中井さん、なんか中途半端で!」


そう言い残し、走って行ってしまった。


「・・・」


「・・・」


(き、気まずい・・・)


残された真理は顔を上げることが出来ず、モジモジと一枚の段ボールの端をいじりだした。


「・・・何やってるの? 早く段ボール重ねて」


「は、はい!」


高田に促され、真理はピョンと飛び跳ねると、段ボールを重ね出した。

三枚ずつにセットにして、真理が支えているところを、高田が鮮やかにビニール紐で巻いて行く。

あまりの手際の良さに、真理はポケッと見惚れてしまった。


「ありがとう・・・」


ビニール紐とハサミを紙袋にしまっている高田に、真理は礼を言った。

あっという間に終わってしまった共同作業に、寂しさが込み上げる。


「ああ」


しかも高田は、返事はしても、こちらを見ようともしない。


「じゃあ」


高田は紙袋二つ持ち上げると、真理に振り向かないまま立ち去ろうとした。


「え? あ、ま、待って!」


真理は思わず引き留めてしまった。


「何・・・?」


振り向いた高田の顔は不機嫌だ。その顔に真理はたじろいだ。

ただでさえ、無意識に引き留めてしまったのだ。

何て言っていいか分からない。


「えっと・・・。あ、ありがとう・・・」


「それ、聞いたけど」


「う・・・」


真理はますます言葉に詰まり、何も出てこない。

高田もますます怪訝な顔になっていく。


「何もないなら、もう行くけど」


「え、あ・・・、うん」


真理は俯いた。

高田は軽く溜息付いた後、踵を返し歩き出した。


「や、やっぱ、待って、高田君!」


高田は首だけ振り向いた。


「そう、そうだ! 『お詫び』まだよね? 『お礼』も! どうするか決まった?」


これがあった!

まだ繋がりがあったじゃないか!

何で忘れてたんだ、こんな大事な事!


真理は急に希望が見えたかのように、少し視界が明るくなった。


何でもいい。

まだ関係が終わらない何かを!

僅かでもいいから、一緒にいられる何かを願って欲しい!


そんな期待を込めて高田を見つめた。


「ああ、それね・・・」


高田は呟くと、小さく溜息を付いた。


「今更だろ? もういいよ」


「え?」


真理は言葉を失った。

体中の血液が一気に下がる音が聞こえる。


高田は、固まったまま目を見開いている真理を見ると、意地悪そうに口角を上げた。


「へえ? そんなに俺に『お詫びとお礼』をしたかったんだ?」


「・・・」


「その割には川田君を上手くいっているようだけど」


「・・・」


瞬きも忘れて自分を見入っている真理に、高田は何とも言えない苛立ちが込み上げてきた。


「悪かったよ。今だって二人の邪魔しちゃって。立ち去るべきなのは俺の方だったのにね」


高田の一見冷めたような目線が真理に突き刺さった。

だが、どこか苛立ちと挑発が見て取れるのは気のせいだろうか?


真理は言葉を発したかったが、喉が詰まって何も出てこない。

じっと高田を見つめるだけが精一杯だった。


何も言わない真理に痺れを切らしたように、高田はそっぽを向いた。


「じゃあ」


そう言うと特進科の棟の方へ歩き出した。

いつものように速い速度で。


真理は、その後ろ姿をずっと見つめていた。

その間、高田は一度も振り返ることはなかった。

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