56.文化祭の準備

「え~、それでは皆さん! 今日から割り振られたお仕事をお願いします! それぞれお忙しいとは思いますが、そこは何卒、文化祭を成功させるため! 我がクラスの出し物『ぐるぐる迷路』を成功させるためであります! 何卒、何卒、ご協力のほど、皆さま、よろしくお願いします!」


「演説か!」

「『なにとぞ』が多いぞ~」

「『ぐるぐる』って初めて聞いた~~」


ホームルームの時間を使い、文化祭の準備委員がクラス全員に改めて企画と仕事の説明をした。

クラスメイトは野次を飛ばしながらも、楽しそうだ。


そんな中、真理はだらしなく机に顎を置いて、ボケーっと準備委員の説明を聞いていた。


テスト前からクラスの催しは決まり、担当の割り振りも決まっていた。

その時はまだ文化祭がとても楽しみだった。

自分のクラスの迷路も気に入っていたし、高田のクラスが和カフェをすることも知っていた。

文化祭となれば、普通科も特進科も入り混じり、特進科の棟に行くことに何の躊躇いもない。


『え? 高田君、ウェイターするの? 和なんでしょ? 着物着るの?』

『・・・だったら?』 

『面白~! 絶対見に行こう! 高田君にオーダー頼もっ!!』

『言うと思ったよ。だから教えるのが嫌だったんだ』


まだ、親しくしていた時に話した会話を思い出した。

今思えは、あの頃から川田の存在はもう無かったようだ。

和カフェはのクラスの催しではなく、のクラスの催しであり、真理はきっと川田ではなく、高田に会いに行く気でいたのだ。


もう、それも今は叶わない。どの面下げていけばいいのか。

行ったところで、こそこそと遠目から高田の様子を盗み見ている自分が目に浮かび、げんなりした。


(・・・なんか、一気にやる気が無くなってきた・・・)


そう腐ったところで、どうにもならない。

「ぐるぐる迷路」は、真理のやる気の無さなど関係ないようだ。

気が付いたら、失恋の傷心などに浸っている暇もないほど、文化祭の準備に追われていた。





本来、文化祭の準備で真理に割り当てられた仕事は大した量ではなかったはずだった。

しかし、部活動をしている生徒は二足の草鞋を履いている。予備校に通っている生徒も、放課後の時間に限りがある。

部活にも所属しておらず、予備校にも通っていない真理などは格好の労働力だ。

彼らの代わりに作業を引き受けざるを得ない状況を、何となく不平等に感じながらも、文句も言わず、潔く作業を受け入れた。


正直なところ、やる気が無くなっていた真理だったが、この労働は現実逃避にはもってこいだった。

そして、いつの間にか頑張って作業しているうちに、萎えた気分も消えていき、もとの楽しもうという気持ちが徐々に復活してきた。


そんな前向きな気持ちに戻り、作業している途中、不足している段ボールを持ってくるように言付かった。


「う~、重い・・・」


真新しい段ボールは意外と重いし持ち辛い。

調子に乗って大きな段ボールを片手に3枚ずつ、合計6枚を手から滑りそうになるのを堪えつつ、廊下を歩いていると、


「え? 中井さん、大丈夫?」


聞いたことのある声がして、その方向に振り向いた。

中身がたくさん入っている紙袋を両手に抱えた川田が心配そうに真理を見ていた。


「あ、川田君」


真理は声を掛けられ立ち止まったついでに、段ボールを床に付き、一息ついた。


「持ち難いだろ? それじゃ」


川田はそんな真理の傍に駆け寄ってきた。


「ビニール紐が入ってはずだ。縛ってあげるよ。そうすれば持ち易いから」


「え?」


「めちゃめちゃ、ヨチヨチ歩いてたよ、中井さん」


驚いた真理を、川田は面白そうに笑うと、紙袋を床に下ろし、中を探り始めた。


「でも、川田君だって作業中でしょ? 悪いわ」


「すぐ終わるよ」


「そんな、大丈夫よ! これくらい持てる持てる!」


真理は大丈夫とアピールしたいがために、無意識に段ボールから手を放し、ひらひらと振った。


「わ!」

「お!」


当たり前だが、支えの無い不安定な段ボールは次々に廊下へ傾き出した。

慌てて段ボールを掴もうとしたが、真理の動作は遅い。

バタバタと段ボールは廊下に倒れていき、それを掴もうとする真理も倒れかけた。


「わわわっ!」

「おっと!」


それを川田は支えた。

真理も川田の腕にしがみ付いた。


「だから言ったんだ。持ち難いだけじゃなくって、危ないし。括っておいた方倒れ難いから。すぐ解くことになってもさ」


なんて大人で賢いのだ・・・。


「本当だわ。ごめん」


真理は川田の腕を掴んだまま、説明に感心するように大きく頷くと、足元に散らばった段ボールを見つめた。

その時、足音がしたと思うと、人影が見えた。


「・・・川田君、ここにいたんだ。先生が呼んでたよ」


その声に真理は青くなった。

恐る恐る声がした方を振り向くと、


「先生だけじゃなく、準備委員も探してたけど」


そう言いながら、こちらを見ている高田がいた。

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