55.自分の気持ち

高田はいつもより遅い時間に家を出た。

というよりも、今までの時間帯に戻っただけだ。

真理がいる間、登校時間をずらして早めに出ていたのを戻しただけだ。


駅を降りると、同じ学校の生徒の姿がいつもより多い。

最近見慣れた景色と違う。


少し時間が違うだけで、生徒の数がここまで違うのだと改めて思いながら歩いていると、ポンと肩を叩かれた。


「おはよう! 高田君」


にっこりと笑った花沢が横に並んだ。


「ああ、おはよう。花沢さん」


「この時間に会うなんて久しぶりね。最近、早く登校していなかった?」


(・・・失敗したな)


高田は時間を戻したことを後悔した。


あれから—――弁当交換事件から、特に花沢とは何の進展もない。

手作り弁当を貰ったのも一度だけ。その後は、何とか上手く辞退することに成功していた。


花沢も、もう一度振られるのは怖いのか、改めて告白はしてこない。

自分を必死にアピールすることで留まっている。

それをいいことに、高田はずるいと思いながらも、自ら何のアクションも起こさないでいたのだ。


高田はそんな後悔をおくびにも出さず、にっこりと笑うと、


「今日は少し寝坊しちゃってさ」


適当に話を合わせた。

その間も、歩く速度は落とさない。

それに合わせて、花沢は小走りになりながらも隣に並んでいる。


「テストが終わったから、文化祭の準備も本格的に始まるわね。もう2週間後だもの」


「ああ、そうだね。花沢さん、準備委員だったね」


「ええ、ジャンケンに負けちゃったから。ふふ、これでも、ある程度準備は整ってるのよ。それに、川田君も一緒だから安心ね。彼、結構しっかりしてるから」


川田という言葉に、高田の耳はピクッと動いた。

花沢がチラリと後ろを振り向いたことに釣られ、高田も何気に振り返った。


後ろの方に、川田の姿が見えた。

その横には、仲良く並んで歩く真理がいた。


高田はすぐに前に向き直ると、


「花沢さんと川田君が準備委員だから安心だよ。俺もクラス委員長としていくらでも協力するから」


そう言いながら、さらに歩く速度を上げた。

花沢は少し驚いたように、慌てて追いかける。


「うん、ありがと・・・」


花沢は息が上がっている。

高田はそれに気付きながらも速度を緩めなかった。

それよりも、頑張って隣に並ぼうとする花沢に苛立ちさえ覚えた。


それは後ろの二人に対しても・・・。


(やっぱり、この時間帯は避けよう)


「ごめん、花沢さん。俺、急いでるから。無理しないで」


高田はチラリと花沢を見た。

花沢はその視線で、全てを察知したようだ。

悲しい顔をして、小走りを止めた。


花沢の泣きそうな顔に高田は罪悪感に駆られたが、それ以上に苛立ちの方が大きかった。


そのまま花沢を残し、少しも速度を緩めず、校舎に向かって歩いていった。





真理は親友二人に慰められはしたが、励まされはしなかった。もう二人の中で真理の敗北は確定してるようだ。

そんな二人に、真理はすべてを赤裸々に打ち明けることは憚られた。


———許嫁


これはどうしても言い出せなかった。


こんなジョーカーと言っていいほどのカードを持っていながら、負けが見えている恋など、我ながら情けないし、二人だってどれだけ驚くだろう? どれだけ同情するか知れない。

さすがに、それは耐えられそうにない。


真理は、二人と別れてノロノロと歩く道すがら、ふと高田の言葉を思い出した。


『俺のこと好きになったりしないでくれよ』

『中井さんを彼女にするくらいなら花沢さんの方がいいよ』


真理は空を見上げた。

星がキラキラ輝いている。その星々がどんどん霞んできた。


「あーあ、なんで気が付いちゃったんだろう・・・」


真理は空を見上げながら呟いた。


気が付かなければ良かったのに、自分の気持ちなんて。

ずっと、川田君を好きでいられれば良かったのに・・・。


涙で曇ってよく見えなくなった星空を、真理は暫く見上げていた。

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