43.真夜中の珈琲

高田にはっきりと拒絶の意思を伝えられ、真理は素直にそれを受け入れることにした。


ただ、あまりにも急激な変化は、高田の両親に余計な心配をかけてしまう可能性があり、そのことが気がかりだった。


だが、タイミングのいいとに、テストが近づいていた。

勉強を名目に、それぞれの部屋に籠りっきりでも不自然ではない。

いつもなら呪わしい行事が、今回初めて心から有難いと感謝した。


真理は雑念を追い払い、勉強に集中することにした。

高田との複雑な関係も、川田への想いも、一旦は置いておこう。小休止だ。

もともと、賢くも器用でもない真理には、色々なことを同時に考えることなどできない。


それに、テストが終わる頃には、この家で過ごす期間も終わる。

そうすれば、どうせ高田との関係はそこで終わるのだ。

このまま、高田のことは逃げ切ってしまおう。

川田のことは、テスト明けに、また計画を練り直そう。


勉強が現実逃避になるなんて初めてだ。

いつもなら勉強から逃げたくて現実逃避していたのに。


真理は複雑な思いを胸の奥にしまい込み、高田と顔を合わさないように部屋から出ないためにも勉強に力を入れた。というよりも、入れざるを得なかった。





「やばい・・・。眠っ・・・」


カクンっと首が垂れた拍子に、真理は目が覚めた。

時計を見ると夜中の0時半をゆうに回っていた。


改めて、机に目を落とす。

目の前の問題があまりにも分からな過ぎて、一瞬睡魔に襲われた。


「だめだ・・・。コーヒーでも淹れよ・・・」


真理はそーっと廊下に出た。

静かに静かに廊下を歩く。


高田の部屋の前まで来た時、無意識に立ち止まった。

部屋の扉には隙間などなく、光が漏れることもない。

高田が起きているか寝ているかも分からない。


(学年トップが勉強してないなんてあり得ないから、起きてるんだろうね・・・)


同じ家に居ながらも、お互いに気を付けていれば、こんなにも顔を合わさずに済むのなのだと、改めて感心すると同時に寂しさが込み上げる。


真理はフルフルと頭を振って、そっと歩き出した。

数歩歩いたところで、背後で扉が開く音がした。


真理はギョッとして振り向いた。

扉を片手に驚いた顔をしている高田と目が合った。


(タイミング悪っ・・・)


真理は気まずく思ったが、気の利いた言葉が出てこない。

困った顔をして高田を見つめた。


「・・・何してんの?」


高田はそんな真理に呆れたような顔を見せた。


「えっと・・・、コーヒー淹れようと思って・・・。眠くなってきたから・・・」


「ふーん、俺も・・・」


「・・・ついでに淹れようか? 持ってきてあげるけど・・・」


真理は遠慮がちに高田に尋ねた。

すると、高田は一瞬目を丸めたが、


「ああ、ありがとう。じゃあ、よろしく」


すぐに澄まし顔になり、そう答えた。

途端に真理の顔がほころんだ。

にっこり笑った真理の顔に、高田は慌てて顔を逸らすと、部屋に引っ込んでしまった。





真理はご機嫌にコーヒーを淹れていた。

自然と鼻歌が漏れる。


高田のためにコーヒーを淹れるのは何時ぶりだろう?

ついこの間までは、自分の分を淹れる時には高田の分も淹れていた。


真理がコーヒーを淹れようとすると、必ず「俺のも淹れて。居候なんだし」と言ってくるので、面倒臭いと思いながらも高田の分も作っていた。

そのうち、いつの間にか最初から二人分淹れるようになった。


それが習慣になりかけていた。だが、それも今は無くなった。

本当に、ついこの間のことだ。それなのに大分前のような気がする。


真理は懐かしい思いを抱きながら、コーヒーを淹れると、お盆にマグカップを二つ乗せて、二階に上がっていった。


コンコンと高田の部屋のドアを遠慮がちにノックする。

するとすぐにドアが開かれた。


「・・・ありがとう」


高田は差し出されたお盆から、素直にマグカップを受け取った。


「・・・じゃ、勉強頑張ってね」


真理はそう言うと自分の部屋に向かった。


「待って、中井さん」


そんな真理を高田が引き留めた。

真理が振り向くと、高田と目が合った。だが、高田はすぐに逸らした。


「? なに?」


呼び止めておいて、目を逸らす高田に違和感を覚えながらも、真理はもう一度高田の傍に戻ってきた。


「・・・お礼をするよ。コーヒーを淹れてくれたお礼」


「は?」


真理は目を丸めて高田を見た。


「お礼?」

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