42.間違い

その日から真理と高田の距離は、出会いの当初の頃と同じくらいに広がってしまった。

いや、それ以上かもしれない。

それとも、一度近づいたことがあるだけに、遠く感じるのだろうか。


以前のように、あからさまに真理を避けるようになり、リビングにも寄り付かない。

食事以外はほとんど部屋に籠るようになった。


真理にはこの距離がとても辛かった。

高田家で過ごす時間はまだ2週間少しあるのだ。

この重たい空気の中、同じ屋根の下で暮らすには2週間は長い。


なぜ、自分がこんな拷問を受けねばならない?

あまりにも理不尽じゃないか?


真理は自分の部屋で頭を抱えた。

高田のあんまりな豹変ぶりに納得がいかない。


そもそも、どうしてこうなったのだろう?

変わったことは、高田が花沢と付き合う事になっただけではないか?

それ以外は何も変わっていないのだ。


それとも、同じタイミングで、自分が何か高田を怒らせるようなことをしたのか?


真理は高田の態度が変わる前日まで思い返す。

お弁当を取り違えた日・・・。

取り違えたことをブチブチ文句は言っていたが、別に真理を怒っていたわけではない。

その日も普通に「ただいま」と言って、お弁当箱を手渡してくれたのに・・・。


(・・・私、別に何も悪いことしてないよね? やっぱり、おかしくない? この仕打ちって)


真理は腕を組んで首を傾げた。


(なにも、彼女ができたからって・・・、こんなにも冷たくされる謂れは無いわよね? 今まで通り、普通に喋ってくれたっていいじゃん! !)


悶々と考えているうちに沸々と怒りが込み上げてきた。


(大体、最近やっと話せるようになったのに、急に仲が悪くなったら、おば様達だって不審がるし!)


腕を組みながら、ウンウンと自分を納得させるように頷くと、勢いよく立ち上がった。

そして、その勢いのまま、真理は高田の部屋へ突進した。





「ねえ、高田君、ちょっといい?」


高田の部屋のドアをノックすると同時に、真理は部屋に向かって声を掛けた。

しかし、中から返事が無い。

だが、高田が部屋にいるのは知っている。


無視を決め込まれ、腹が立った真理は、強めにノックをした。


コンコン!

「高田君ってば」


コンコンコンコン!

「ねえ! ちょっと!」


コンコンコンコンコンコン!

「そこにいるのは分かっているっ! 無駄な抵抗は止めて出てこいっ!」


ガチャっとドアが開き、高田が顔を出した。


「・・・ホント・・・、勘弁してくれる・・・?」


その顔は、怒りを通り越し呆れ果てている。


「出てこないのが悪いんでしょ?!」


真理はフンッと鼻を鳴らした。


「・・・で? 何の用?」


高田は廊下に出ると、腕を組みながら閉めたドアに寄り掛った。

その表情は、最初の頃によく見た、人を見下しているような冷たい顔だ。

真理はいきなりくじけそうになった。

だが、ぐっと拳を握ると、


「なんで私を避けるの?」


高田を睨むように見つめた。


「私、何かした? してないわよね?」


「・・・」


「なにも、花沢さんと付き合う事になったからって、私を無視することないじゃん!」


「・・・」


「今まで通り、普通に接してくれてもいいじゃん!」


興奮気味に捲し立てる真理の言葉を、高田は黙って聞いていたが、軽く溜息を付いた。


接しようと思ったからだよ」


「は?」


「何も、俺たちが親しくなる必要は無いから」


高田の答えに真理はカッとなった。


「何でよ!? あと、2週間も一緒に暮らすのに! せっかく仲良くなったのに、無意味に仲悪くなることないじゃん!」


「へえ? 仲良くなったと思ってたんだ?」


キッと睨みつける真理を、高田は意地悪そうに口角を上げて見つめた。


「・・・なんで? 違うの? 最初の頃よりずっと話してくれるようになったのに・・・」


「・・・」


今までの勢いが嘘のように、急に不安げな顔をする真理に、高田は言葉が詰まった。

そして、ふと顔を背けると、


「・・・だから、それが間違いだったんだよ・・・」


呟くように言った。


「どうしてよ? 別に悪いことじゃないじゃない、仲良くなるの」


真理は首を傾げた。


「お互い好きな人がいたって、友達として少しくらい親しくして何が悪いの? そんなこと気にしてたら、クラスメイトの異性とも話せなくなるじゃない」


「そうだな。普通ならね。でも、俺たちはそうじゃない」


高田は真理に向き直った。

そして、じっと真理を見据えた。


「俺たちは許嫁同士なんだよ」


真理はその言葉に息を呑んだ。


「その俺たちが少しでも仲良くしてみろよ。互いの両親に期待を持たせることになるし、あいつらに無理やり一緒にさせられることになるぞ。本人同士は認めてないのに」


「・・・」


「だから、間違いだったんだ・・・。君と親しくなったのは・・・」

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