41.君のためじゃない

「・・・はい」


部屋の中からぶっきら棒な高田の声が聞こえた。

その声で真理は我に返った。


(何やってんの? 私)


慌てふためくが、もう遅い。


「あ、え、えっと、真理ですけど・・・」


真理は逃げるわけにもいかず、しどろもどろにドアに向かって答えた。

だが、ドアは開かない。


「・・・」

「・・・」


中からはそれ以上の言葉も発せられるわけでもなく、長い沈黙が続いた。


「? えっと、あれ? 高田君? いるよね?」


まったくドアを開ける気配もしないことに、気まずさが薄まり、首を傾げた。

再び、遠慮がちにノックをすると、やっと部屋の中で人が動く気配がしたと思ったら、小さく扉が開かれた。


「・・・何?」


僅かしか開いていないドアの隙間から、高田が不機嫌そうに顔を覗かせた。

その表情に、真理はまた緊張と気まずさが湧き上がってきた。


「え、えっと・・・、その・・・」


真理は思わず顔を伏せた。


「・・・話が無いんだったら、行ってくれる?」


高田は苛立ち気にドアを閉めようとした。それに気が付き、真理は慌てて手で押さえた。


「待って! えっとね、高田君。あの、花沢さんのことで・・・」


真理はギュッと扉を掴むと、顔を上げて高田を覗き込んだ。


「・・・その、花沢さんと付き合うの?」


「何で、そんなこと聞くの?」


高田は相変わらず不機嫌な顔で真理を見下ろしている。

真理はその顔に耐えきれず、再び俯いた。


「・・・だって、この間は、花沢楓さんとはどうこうなるつもり無いって言ってたから・・・」


「・・・」


「・・・それに、花沢さんって人と、都ちゃんって全然タイプ違うし・・・」


「・・・」


「・・・あの、もし・・・、もしもさ、無理に付き合うのなら・・・」


「ああ、もしかして、俺が中井さんのために無理してるとでも思ってるの?」


真理の頭上から高田の乾いた声が聞こえた。

顔を上げると、高田は意地悪そうな顔で真理を見ていた。


「君が心置きなく川田君と付き合えるように気を使ってるんじゃないかって心配でもしてる?」


「・・・えっと・・・」


「心配してくれるのは有難いけど、その必要は全く無いから」


「・・・そ、そう・・・?」


気まずそうに自分を見つめる真理に、高田はますます苛立ちを込めた冷笑を浮かべた。


「って言うか、どれだけ自意識過剰なんだよ? 中井さんって」


真理は高田の表情とその言葉に喉を詰まらせた。


「確かに、前に花沢さんに興味はないって言ったね、覚えてるよ。それでも人の気持ちは変わるからね。自分に好意を持ってくれる人に気持ちがなびいても不思議じゃないだろ?」


「・・・」


「だから、安心してくれよ。君のためじゃない」


「・・・そ、っか・・・」


「ああ。それに、前も言ったよね? 中井さんを彼女にするくらいなら花沢さんの方がいいって。美人で才女でスタイルも良いってさ」


真理は思わず目を見開いて、高田を見つめた。

高田は相変わらず冷たい笑いを浮かべている。


「・・・話はもういいだろ? これから勉強するから邪魔しないでくれる?」


高田はもううんざりと言いたげに真理を見ると、ドアのノブを軽く引き、無言で真理の手を扉から放すように促した。


それでも真理は目を丸めて、呆けたように高田をじっと見ていた。そして、


「・・・そうだ・・・、そうだったわね・・・。うん、ごめんね・・・。何を言ってるんだろうね? 私・・・」


瞬きもせず、じっと高田を見つめたまま、小さく呟いた。


「あはは・・・、そうそう、美人で才女だもんね。私なんかよりずっと・・・」


真理はそっと扉から手を放した。


「・・・うん、高田君にはお似合いだわ。私、応援するね。ごめんね・・・、邪魔しちゃって」


気まずそうに笑って頭を掻くと、くるっと踵を返し、小走りで部屋に向かった。


高田は真理が部屋に入るのを見届けると、自分もドアを閉めた。


「・・・くそっ・・・」


誰に向けたか分からない悪態を付くと、勉強机には戻らず、仰向けにベッドに倒れ込んだ。

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