37.別の答え
目の前にいる花沢楓のことは、特に嫌いではない。
だが、好きでもない。
以前、花沢に告白された時、高田はまだ都に夢中だった。
しかし、都が津田と正式に付き合いだしたことで諦めたわけだが、とは言え、代わりに花沢と付き合おうという気持ちにはならなかった。
そのため、諦めずに自分を慕ってくれる彼女には少々手を焼いていた。
ここで、カモフラージュとして真理を使えたらどんなに楽になるだろう?
一瞬、そんなことが頭を過った。
しかし、それは出来ない。
なぜなら、真理には川田がいる。
真理と付き合っている振りをして、逃げるわけにはいかない。
(いっそのこと、本当に花沢さんと付き合おうか・・・)
そんな自暴自棄な考えが浮かんでくる。
「・・・なんでもないよ、今の子とは」
「え? でも・・・」
「本当だよ。ただ交・・・」
『交換』と言いかけて高田は口を噤んだ。
それも言う訳にはいかない。
なぜ交換する仲なのかを問われたら、もっと面倒なことになる。
「とにかく、今後、あの子から弁当を受け取ることもないし。ただ、渡したからには残すなって言いたかったんでしょ? きっと・・・」
「そうなの・・・?」
「ああ」
「今の子とお付き合いしているわけじゃ・・・」
「断じて無いから!」
高田は思わず口調を強めた。
その態度に、花沢はホッとした顔をした。
その表情を見て、高田は軽く首を竦めた。
こっちはこっちで面倒だ・・・。
「もういいかな? そろそろ本当にホームルームの鐘が鳴るよ」
高田は努めて爽やかに笑うと、踵を返した。
だが、また花沢に腕を掴まれた。
「高田君。なら、明日は私の作ったお弁当を食べてもらえない?」
「え・・・」
「一度フラれているのに図々しいのは分かっているけど・・・。付き合ってもいない子の手作りのお弁当を食べるくらいなら、私にも、その・・・、もう一度、チャンスを貰えないかしら?」
「・・・でも、大変でしょ? 弁当作るのは・・・」
「やっぱりダメかしら・・・?」
さりげなく断ろうとしている高田の態度を察してか、花沢は寂し気に俯いた。
高田は再び心の中で大きな溜息を付いた。
その時、もう一度、さっき浮かんだ自暴自棄な考えが頭を過ぎった。
(別に花沢さんのことが嫌いなわけではないし、その方が全て丸く収まるか・・・)
「じゃあ、お願いできる? 花沢さん」
期待していなかった言葉に、花沢は驚いたように顔を上げた。
高田の言葉が信じられないようだ。
「え・・・? いいの? 食べてくれるの?」
「花沢さんが迷惑でなければ」
花沢の顔がパッと輝いた。
その顔は花のように愛らしい。
「ありがとう! 高田君! 明日、頑張るわね!」
「こっちこそ、ありがとう。じゃあ、教室に行こう」
「ええ!」
歩き出した高田の横に、嬉しそうに花沢が並んだ。
スタスタ歩く高田の歩調に合わせると、花沢は小走りになる。
それでも文句を言うことはない。
それどころか嬉しそうに、息を切らしながらも付いてくる。
高田はそんな花沢をチラリと見た。その時、
『高田君、歩くの早いんだもん~~!』
ふと、高田の頭の中に真理の声が聞こえた。
『私の歩幅と違い過ぎる~~!』
高田は思わず、歩調を緩めた。
急にゆっくりと歩き出した高田に、花沢はさらに顔をほころばせた。
「ありがとう。高田君」
「・・・」
その笑顔に、高田はどうしてか罪悪感を覚えた。
同時に、胸にチクリと針が刺さったような痛みを感じた。
『足が長いからって、これ見よがしに早く歩くなぁ~』
真理の声が頭の中に響く。
今、自分は一体誰のために歩調を緩めたのだろう?
高田は目線を前に戻した。
そして、今湧き上がった小さな疑問を無理やり打ち消した。
この疑問について考えるのは不要だ。これから先もずっと。
答えを出してはいけない。
なぜなら、ついさっき、別の答えを選んだのだから。
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