36.誤解
学校に着くと、真理は急いで中庭に走った。
中庭は入るとすぐにベンチがある。
そこで座って待っているのかと思いきや、誰もいない。
「あれ~・・・??」
真理はキョロキョロと周りを見渡した。
すると、
「中井さん、こっち」
自分を呼んでいる声が聞こえて振り向くと、人目の届かなそうな奥の場所から高田が手招きしていた。
真理はタタタッと高田の傍に駆け寄った。
「そこにいたんだ。てっきり座って待っているかと思ったわ」
「・・・いくらあまり人がいないって言っても、あのベンチで待ってたら目立つだろ・・・」
「それもそっか」
真理はハハハと笑いながら、手提げから弁当の入った巾着袋を取り出した。
高田も自分のカバンから弁当を取り出したが、袋ごと渡そうとする真理に、呆れたような顔をした。
「その花柄の巾着のまま持ってけって言うの?」
「あ、そうか!」
真理は慌てて巾着袋から高田の弁当を取り出すと、高田に差し出した。
互いの弁当を交換し、互いの巾着に入れる。
「・・・参ったな、母さんには・・・」
「何でよ! 入れ間違いくらい誰にでもあるわよ!」
愚痴る高田を真理は咎めた。
「それだけじゃないよ。俺の弁当にも波及してるんだよね」
「何が?」
「中身が。星形に切ったハムが卵焼きの上にバラまかれてたりして・・・。昨日はタコのウインナーが入ってたよ・・・」
「いいじゃない、タコくらい」
「形だけならまだしも、顔があるのは勘弁してほしい」
高田は心底迷惑そうに溜息を付いた。
真理は、昨日の自分の弁当に入っていた、可愛らしいタコウインナーの顔を思い出し、クスっと笑った。
「これも、君の弁当作りが始まったからだよ」
「は?」
「まったく、やっとまともな弁当になったと安心してたのに・・・」
恨めしそうに真理を見た。
「ちょっと! 人のせいにしないでよ!」
真理はカチンときて言い返した。
「それに、何を贅沢なこと言ってるのよ! せっかく作ってもらったんだから、もっと感謝して!」
説教しながら受け取った弁当を手提げにしまうと、ビシッと高田を指差した。
「残しちゃダメよ! じゃあね!」
そう念を押すと、真理はくるっと向きを変えて、走って中庭を後にした。
特に周りも気にせずに中庭を出たので、ベンチの近くの木の陰に、誰かがサッと隠れたことに気が付かなかった。
★
高田は真理が走って中庭を出るのを見届けると、小さく溜息を付いて、弁当をカバンにしまった。
自分も教室に行こうと歩き出した時、ベンチの近くから人が出てきた。
「あ、あの、高田君・・・」
高田はギョッとして振り向いた。
一人の女子が、申し訳なさそうに、そして少し寂しそうに立っていた。
「・・・ああ、花沢さん。おはよう」
高田は今の場面をすべて見られていたことを、花沢の態度で確信したが、敢えて気にしていないように、出来るだけ自然に挨拶した。
「・・・おはよう、高田君。その・・・」
「どうしたの?」
高田はにこやかにシラを切った。
「ごめんなさい・・・。立ち聞きするつもりは無かったの・・・。ただ高田君を見かけて声を掛けようとしたら、その・・・、今の女の子か来たから、声を掛けられなくって・・・」
「そうか。ごめんね。こっちも花沢さんに気が付かなくって」
高田は爽やかに笑うと、
「もう鐘が鳴るよ。早く教室に行かないと」
それ以上話すつもりは無いとばかりに、花沢の横を通り過ぎようとした。
だが、花沢に腕を取られた。
「ごめんなさい! 高田君。どうしても一つ聞きたいことがあるの」
仕方なく高田は立ち止まり、花沢に振り向いた。
爽やかな態度を保ちつつも、今の出来事をどう誤魔化そうか、頭をフル回転させた。
「あの・・・、今の子が、高田君の好きな子なの?」
(はあ~、やっぱりそうくるよな・・・)
高田はガックリと肩を落としそうになった。
「高田君にお弁当渡していたように見えて・・・。その・・・」
「・・・」
「『君の弁当作り』って言っているのが聞こえて・・・。あの子がいつも作っているの・・・?」
「・・・!」
「『残しちゃダメよ』って・・・」
「・・・!!」
高田は心の中で盛大に溜息を付いた。
どうやら、丸まる全部見聞きしていたわけでは無さそうだ。
だが、それにしても、誤解も甚だしい!
確かに誤解を招く発言をしたのは自分だし、弁当を受け取れば相手の好意を受け入れたと思われても当然だ。
だが、真理の発言はどうだ。もっとひどい。
あんな馴れ馴れしい言葉だけを切り取ったら、それ以上の関係と誤解されても仕方がない。
高田は軽く眩暈を感じ、片手で額を押さえた。
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