38.食堂
真理が先に帰宅し、お弁当箱を洗っていると、高田が帰ってきた。
「・・・ただいま」
高田は台所に入って来ると、洗い物をしている真理の背中に声を掛けた。
「あ、高田君。おかえりなさい」
真理は、首だけ振り向くと、
「お弁当箱ちょうだい。洗っちゃうから」
「ああ」
差し出されたお弁当箱を泡だらけの手で受け取った。
「良かったね~、無事に自分のお弁当が食べられて。今日の私のお弁当、めちゃめちゃラブリーだったわよ」
真理はケラケラと楽しそうに笑った。
「次からは高田君も気を付けてよ~。いつもより軽いと思ったら、それは私のお弁当だから」
悪戯っぽく笑う真理を、高田はじっと見つめた。
「? どうしたの?」
「いや・・・」
高田はスッと顔を背けると、
「もう間違えることはないよ」
そう言って、台所を出て行った。
★
翌朝、真理は巾着袋を手に取ると、いつも道理の感触と重さに、思わず微笑んだ。
それを見て、高田の母親はクスっと笑った。
「今日、翔は珍しく食堂に行くみたい。お弁当要らないって言われたの」
「え、そうなんですか?」
「そうなの。ふふ、だから、中身は間違えてないわよ。安心して」
「ふふ、分かりました~」
真理は笑いながら巾着袋を手提げに入れて、いつも通りご機嫌に学校に向かった。
(高田君が食堂なんて本当に珍しい・・・)
行きの電車に揺られながら、真理はふとそんなことを思った。
真理はお弁当になろうがなるまいが、毎日食堂を使っている。
そこで高田の姿を見たことが無い。
知り合いになる以前からも、高田と思われる人物を食堂で見た記憶は無かった。
(もしかして、一回も食堂の定食を食べたことが無いのかな?)
それはそれで、かなり勿体ない。
お弁当もいいが、温かい出来立ての定食も捨てがたいものがある。
(まさか、さすがにそんなことはないか)
それにしても、何で今日は学食なんだろう?
お友達と約束したのかな?
それよりも、食堂で鉢合わせたらどうしよう?
なんか、気まずいというか気恥しくないか?
(何言ってんの? 別に無視すればいい事じゃん!)
さっきからずっと高田の事を考えていることに気が付き、軽いパニックに陥った。
(どうでもいいってば、高田君のことは!)
真理はフルフルと頭を振った。
カバンの中からイヤホンを取り出すと、耳にはめた。
そして、気持ちを誤魔化すように、お気に入りの曲を大きめの音量で流し始めた。
★
お昼休み、真理たち三人はいつもの通り食堂に行った。
奈菜と梨沙子が定食を買いに行っている間、真理はテーブルに着き、周りを見渡した。
キョロキョロしている真理を見て、戻ってきた奈菜が、
「川田君探してるの?」
と聞いてきた。
その質問に、真理はドキリとした。
「え、あ、えっと、うん!」
慌ててコクコクと頷いた。
「あ! あそこにいるのって、川田君じゃない?」
奈菜はご親切にも、真理より先に川田を見つけて教えてくれた。
「あ、ホントだ」
奈菜の指を差した方向を見ると、川田が津田や他の生徒と食事をしている姿が目に入った。
折角、川田を見つけたのに真理の心臓は飛び跳ねない。
(なんでだろう・・・)
真理はじっと川田を見つめた。
「もう! 真理ちゃんったら、そんなに見つめちゃって! 声かけてきたら!」
奈菜は楽しそうにはしゃいだ。
真理は慌ててブンブンと首を横に振った。
「えっと、今はいいわ! だって、ほら食事中だし! 後でね!」
「そんなこと言っているとまたチャンスを逃すわよ」
戻ってきた梨沙子が呆れたように真理を見下ろして、お盆をテーブルに置いた。
「う、うん。だ、大丈夫よ! とにかく食べよう! いただきます!」
真理の不自然な動揺ぶりに、二人とも一瞬首を傾げたが、まあ、奈菜の冷やかしが原因だろうと、気にも留めずに食事を始めた。
食事中、真理はさりげなく周囲に目を配っていた。
しかし、そのさりげなさは、親友二人には筒抜けだ。
当然、川田に気を取られているのだろうと思い、気を利かせて早めに食べ終えて、真理を一人にした。
二人の善意を無駄にするわけにはいかない。
真理は食堂から出てくる川田を捕まえることに成功した。
気の良い川田は、すぐに立ち止まって、笑顔を向けてくれる。
少しの間二人で他愛の無いお喋りをして、そのまま、何の約束もせずに別れた。
川田とお喋りをしている間も、何故か真理の意識は食堂内にあった。
ついチラチラと中を確認してしまう。
しかし、真理が食堂にいる間に、高田が姿を見せることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます