38.食堂

真理が先に帰宅し、お弁当箱を洗っていると、高田が帰ってきた。


「・・・ただいま」


高田は台所に入って来ると、洗い物をしている真理の背中に声を掛けた。


「あ、高田君。おかえりなさい」


真理は、首だけ振り向くと、


「お弁当箱ちょうだい。洗っちゃうから」


「ああ」


差し出されたお弁当箱を泡だらけの手で受け取った。


「良かったね~、無事に自分のお弁当が食べられて。今日の私のお弁当、めちゃめちゃラブリーだったわよ」


真理はケラケラと楽しそうに笑った。


「次からは高田君も気を付けてよ~。いつもより軽いと思ったら、それは私のお弁当だから」


悪戯っぽく笑う真理を、高田はじっと見つめた。


「? どうしたの?」


「いや・・・」


高田はスッと顔を背けると、


「もう間違えることはないよ」


そう言って、台所を出て行った。





翌朝、真理は巾着袋を手に取ると、いつも道理の感触と重さに、思わず微笑んだ。

それを見て、高田の母親はクスっと笑った。


「今日、翔は珍しく食堂に行くみたい。お弁当要らないって言われたの」


「え、そうなんですか?」


「そうなの。ふふ、だから、中身は間違えてないわよ。安心して」


「ふふ、分かりました~」


真理は笑いながら巾着袋を手提げに入れて、いつも通りご機嫌に学校に向かった。


(高田君が食堂なんて本当に珍しい・・・)


行きの電車に揺られながら、真理はふとそんなことを思った。


真理はお弁当になろうがなるまいが、毎日食堂を使っている。

そこで高田の姿を見たことが無い。

知り合いになる以前からも、高田と思われる人物を食堂で見た記憶は無かった。


(もしかして、一回も食堂の定食を食べたことが無いのかな?)


それはそれで、かなり勿体ない。

お弁当もいいが、温かい出来立ての定食も捨てがたいものがある。


(まさか、さすがにそんなことはないか)


それにしても、何で今日は学食なんだろう?

お友達と約束したのかな?

それよりも、食堂で鉢合わせたらどうしよう? 

なんか、気まずいというか気恥しくないか?


(何言ってんの? 別に無視すればいい事じゃん!)


さっきからずっと高田の事を考えていることに気が付き、軽いパニックに陥った。


(どうでもいいってば、高田君のことは!)


真理はフルフルと頭を振った。

カバンの中からイヤホンを取り出すと、耳にはめた。

そして、気持ちを誤魔化すように、お気に入りの曲を大きめの音量で流し始めた。





お昼休み、真理たち三人はいつもの通り食堂に行った。

奈菜と梨沙子が定食を買いに行っている間、真理はテーブルに着き、周りを見渡した。


キョロキョロしている真理を見て、戻ってきた奈菜が、


「川田君探してるの?」


と聞いてきた。

その質問に、真理はドキリとした。


「え、あ、えっと、うん!」


慌ててコクコクと頷いた。


「あ! あそこにいるのって、川田君じゃない?」


奈菜はご親切にも、真理より先に川田を見つけて教えてくれた。


「あ、ホントだ」


奈菜の指を差した方向を見ると、川田が津田や他の生徒と食事をしている姿が目に入った。

折角、川田を見つけたのに真理の心臓は飛び跳ねない。


(なんでだろう・・・)


真理はじっと川田を見つめた。


「もう! 真理ちゃんったら、そんなに見つめちゃって! 声かけてきたら!」


奈菜は楽しそうにはしゃいだ。

真理は慌ててブンブンと首を横に振った。


「えっと、今はいいわ! だって、ほら食事中だし! 後でね!」


「そんなこと言っているとまたチャンスを逃すわよ」


戻ってきた梨沙子が呆れたように真理を見下ろして、お盆をテーブルに置いた。


「う、うん。だ、大丈夫よ! とにかく食べよう! いただきます!」


真理の不自然な動揺ぶりに、二人とも一瞬首を傾げたが、まあ、奈菜の冷やかしが原因だろうと、気にも留めずに食事を始めた。


食事中、真理はさりげなく周囲に目を配っていた。

しかし、そのは、親友二人には筒抜けだ。

当然、川田に気を取られているのだろうと思い、気を利かせて早めに食べ終えて、真理を一人にした。


二人の善意を無駄にするわけにはいかない。

真理は食堂から出てくる川田を捕まえることに成功した。


気の良い川田は、すぐに立ち止まって、笑顔を向けてくれる。

少しの間二人で他愛の無いお喋りをして、そのまま、何の約束もせずに別れた。


川田とお喋りをしている間も、何故か真理の意識は食堂内にあった。

ついチラチラと中を確認してしまう。


しかし、真理が食堂にいる間に、高田が姿を見せることはなかった。

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