34.日常の変化

ジェンガはどんどん穴だらけになり、タワーが段々と高くなる。

それに比例して、一本のブロックを抜くのに、緊張の度合いも高くなる。

ひどくハラハラするのに、なぜか楽しい。


いつの間にか、いびつに高くなった塔を前に、お互い敵なはずなのに、失敗を望むより、成功したことを称え合うようになった。


最後にタワーが倒れるときも、さっきのように悲哀じみた悲鳴ではなく、享楽的な悲鳴があがる。

悲鳴の中に笑い声が混ざる。

笑いが笑いを呼び、ますます周りの空気が明るくなっていく。


しかし、勝負は勝負だ。

コーヒーを淹れるという労働が掛かっているのだ。

この事が唯の遊びでは終わらせず、僅かながらも真剣さを残していた。


今回はいい勝負になった。真理は2対2の同点にこぎつけた。

そして、最後の1勝負・・・。


不安定に高くそびえ立った塔を前に、真理は見定めたブロックをゆっくり引き抜こうとした。


「あ! しまった! ここやばいかも!」


次の瞬間、大きくタワーが揺れた。

咄嗟にブロックを手離したが遅かった。

ガシャガシャーっと大きな音を立てて崩れ落ちた。


「やっちゃったー!」


しかし、崩れたブロックを見ても、真理はガッカリするどころか、ケラケラと声を上げて笑った。

高田も笑っている。


「じゃあ、中井さん、コーヒーよろしく」


「はーい。あ~あ、惜しかったな~」


真理は笑いながら台所に向かった。

負けたのに、今度は悔しくもなんともない。


5回も勝負した充実感と、その内の2回は勝った満足感で真理はご機嫌だった。


だが、実は、この2回の勝利は、高田がかなり手加減していた。

高田はジェンガが小さいころからお得意だ。

真理などコテンパンにしようと思えばできたはずだった。

でも、何故かすぐに終わらせる気にならなかったのだ。


真理はこの勝利が、本当は勝利とは、恐らく一生気付くことはないだろう。

自分の実力と信じて疑わず、真理はご機嫌のまま、コーヒーを淹れていた。




ジェンガ勝負以降、真理は高田への苦手意識がだいぶ、いや、かなり無くなってきた。


ただでさえ、以前に抱いていた毛嫌いする気持ちが、ショッピングモールで助けてもらった事で薄まっていたのだ。

そこへ、今回の勝負を通して、高田との距離が一気に近づいた。


少しだけ高田を誤解していたか?

傲慢で、自意識過剰な面が多々あるが、悪い奴ではないかもしれない。

なかなか、面倒見もいいし・・・。


そんな風に真理の中で高田の評価が変わってきた。


それは高田も同じかもしれない。


あれから高田もあからさまに真理を避けることをしなくなった。

リビングで会っても、廊下ですれ違っても、軽く言葉を交わすようになった。

それどころか、部屋に閉じこもることも少なくなり、リビングで家族と一緒に過ごす時間も増えてきた。


しかし、これはこれで、別の問題が生じることになった。

二人の間でテレビのチャンネル権争いが勃発するようになったのだ。


「そんなくだらない番組、録画でいいだろ」

「いやですー! このバラエティー、毎週楽しみにしているんだから!」

「ニュースが見たいんだけど」

「ニュースなんて別の時間帯のを見ればいいじゃん!」

「居候のくせに図々しいな」

「くっ!」


そんな二人のやり取りを、高田の母は面白そうに眺めながら、針仕事をしている。

父も気に留めず、新聞を広げている。


そんな光景が日常になりつつあった。

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