29.気のせい
ショッピングモールを出て駐車場エリアに入っても、高田は手を放さなかった。
駐車場は非常に広く、人混みなどはどこにも見当たらない。
もう真理の手を引いて歩かずとも、流石に迷子になることはないはずだ。
だが、何故か手を放さなかった。
真理も不思議と嫌な気持ちになることなく、自ら手を放そうとは思わなかった。
どうしてか、手を繋いで歩いていることに違和感がない。
そのまま、先に車に到着している両親の元まで歩いて行った。
トランクに荷物を積み込んでいる父の隣にいた母親が二人に気付いた。
その母親の顔がニヤッと笑ったのを目にして、初めて気が付いたかのように、二人とも慌てて手を放した。
高田は無言でトランクに荷物を入れるが、真理は気まずさのあまり、高田の傍に近寄れず、その場でモジモジとしていると、
「早く入れたら?」
高田が真理の方を振り向いた。
「え? あ、はい・・・」
真理は小走りで近寄ると、高田は無言で荷物を取り上げ、トランクに入れた。
「・・・ありがとう・・・」
真理の礼に答えず、高田は黙ったままトランクを閉めて、後部座席のドアに向かった。
真理も反対側のドアから車に乗り込んだ。
車内ではすでに母親が音楽をかけていた。
真理はシートベルトをすると、チラリと高田を見た。
高田はイヤホンをして目を閉じている。
「・・・」
車内の空気が行と全然違う気がするのは自分だけだろうか?
なんだろうか、この微妙に柔らかい空気・・・。
ほのかに色付いている気がする・・・。
(いやいや、気のせい、気のせい!)
真理はプルプルと頭を振った。
母親も行きほどテンションは高く無いのか、もう大声で歌うことなく、鼻歌程度だ。
素人の歌声が混ざらない、優しいラブソングが流れる。
そのメロディーがますます車内の空気を柔らかく穏やかに、そして、どことなく甘くしていく・・・。
真理は背もたれに深く寄りかかると、目を閉じた。
(・・・うん、音楽のせいだ・・・)
そう言い聞かせながら、曲に耳を傾けているうちに、眠りに落ちていった。
★
翌日の日曜日は穏やかだった。
昨日の今日で、真理は高田と顔を合わすことに気恥ずかしさを感じていたが、高田は友人と約束があるようで、出かけていた。
ホッと胸を撫でおろし、慣れ始めた高田家での休日を楽しんでいた。
夕方近くになり、高田の母親が夕飯の支度を始めようとした時、真理もお手伝いしようと台所に出向いた。
手伝いと言っても、料理のできない真理は洗い物ぐらいしかできない。
母親が冷蔵庫から出す野菜を受け取って洗っていた。
そこへ、父親が慌てたように入ってきた。
「ちょっと母さんいいかな? 今、親父から電話があって、お袋がぎっくり腰で起き上がれないって!」
「まあ、そうなの?」
「今から、行こうと思うんだけど」
「まあ、そう? じゃあ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
「え・・・」
「ぎっくり腰でしょう? 大変とは思うけど病気じゃないし。何も私まで行かなくてもいいでしょう? お父さんだけで」
「で、でも、ほら、親父の食事とか・・・」
「店屋物でもお取りになればいいじゃないの。お父さん、折角だからお義父様とお義母様に美味しいものご馳走してあげて」
「まあ、そうだが・・・。うん、それもそうだな・・・」
父親はちょっと残念そうに母親を見ている。
「もう! 分かったわよ、一緒に行くわ。ちょっと待ってて!」
母親は呆れたように言うと、エプロンを外し始めた。
そして、真理に振り向くと、
「ごめんなさいね、真理ちゃん。今日のお夕飯はお願いできるかしら?」
申し訳なさそうに首を傾げた。
「え・・・!?」
真理は固まった。
改めて調理台を見た。
すでに、研いでしまったお米、作りかけの味噌汁・・・。
そして自分が洗った野菜・・・。
これを、どうしろと・・・?
真理が固まった理由に、高田の母親は気が付いたらしい。
真理が、料理がてんで駄目なことを思い出したようだ。
「あ、いいのよ、真理ちゃん。そうね、店屋物でも取って頂戴な」
気遣う高田の母に、真理は慌てて首を振った。
「大丈夫です!」
「ホント? 無理しないでね」
「はい! ご飯はあと炊くだけだし。お汁だってお味噌入れるだけですし、もったいないですから」
(そうそう、高田君いないし、私だけなら何だっていいもん。あとお漬物でもあれば)
そう思い、真理は笑顔で答えた真理に、母親は安心したようだ。
外したエプロンを持って父と一緒に台所から出て行った。
★
「ごめんね、真理ちゃん。留守番よろしくね」
「そんなに遅くならないよう帰ってくるからね」
そう話す高田夫妻を真理が玄関で見送っている時、外から扉が開いた。
「あれ? どこかに行くの? 今から?」
高田が怪訝そうに二人を見ながら、玄関に入ってきた。
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