28.逸れないように

「あ、母さん? 俺。ああ、見つけたよ。今どこにいる? エスカレーター下りた所って・・・、どこのエスカレーターだよ? ああ、そこか。分かった。今から向かうから、動かないでくれよ」


高田は泣いている真理の手を引きながら、空いている片方の手で母親と電話で連絡を取った。


「ごめんなさい・・・」


「もういいって・・・」


高田は携帯をポケットにしまいながらそう言うと、真理から手を放した。

そして、真理の片方の手から紙袋を奪うように取ると、自分の肩に掛けた。


「あ、いいよ! 自分の荷物ぐらい自分で持つし!」


真理は慌てて手を伸ばしたが、高田はその手をスッと避けると、


「悪いけど、全部は持たないよ。半分だけ」


そう言って、さっさと歩き出した。


「え、あ、あの・・・」


高田の意外な行動に真理は思わず、固まってしまった。

そんなことなど気付かずに、高田はスタスタと歩いて行ってしまう。

真理は我に返って、慌てて追いかけた。


だが、相変わらずの人混みだ。

向かってくる人を避けながら追いかけるも、高田の背中はどんどん遠ざかる。


(え、う、うそ・・・、見失っちゃう・・・!)


真理は焦りながら懸命に追うが、その度に人にぶつかり、ますます距離が開くばかり。

とうとう高田の姿を見失ってしまった。


(うそ・・・)


真理はボーゼンと立ち尽くした。


また迷子か?


真理の目から再び涙が溢れてきた。


「あー、ホントに、何やってんの? 中井さんってどんだけとろいんだよ」


気が付いたら、目の前に高田が立っていた。

苛立っているようだが、真理にはその顔が涙で霞んで見えるので怖くない。

いや、怖いよりほっとした気持ちの方が大きい。


「だって~、高田君、歩くの早いんだもん~~! また迷子になるかと思っちゃった~~!」


泣きながら抗議する真理に、高田は溜息を付くと、


「・・・分かったよ」


そう言って、また真理の手を取って歩き出した。

しかし、真理は泣き止まない。


「高田君、足が長過ぎる~! 私の歩幅と違い過ぎる~~!」


「・・・すいませんね、足が長くて」


「足が長いからって、これ見よがしに早く歩くなぁ~!」


「・・・」


「私の足が短い言うなぁ~!」


「言ってないし・・・」


うぇ~んと泣きながら文句を言う真理に呆れつつも、高田は注文通り、真理の歩調に合わせて歩いた。






「真理ちゃん! 良かった~~! どこにいたの?!」


両親との待ち合わせ場所近くまで来ると、二人を見つけた高田の母親が駆け寄ってきた。


「すいません~~、迷子になりました~~」


真理は涙を拭きながら、深々と高田の両親に頭を下げた。


「母さんも、その場から動くから悪いんだよ。戻ってくるのを待ってればよかったのにさ」


高田に指摘され、母親も申し訳なさそうな顔をした。


「そうなの。お母さんもウロウロしちゃったからいけないのよ。ごめんなさいね、真理ちゃん」


「私が悪いんです~~。携帯も忘れちゃって~~」


「いいんだよ、真理ちゃん。とにかく見つかって良かった良かった。じゃあ、そろそろ帰ろうか?」


高田の父がそう言って皆を促した。

その時、母親はあることに気が付き、ニヤッと笑った。


「そうね! 帰りましょ! 人が多いから逸れないようにね。そうやってちゃんと手を繋いでいるのよ、翔」


「!」

「!」


二人は繋ぎっぱなしだった手を慌てて放した。

母親はニンマリとした顔のまま、くるっと向きを変えると、父親の腕を取った。


「お母さんも逸れないようにしなきゃ。ねえ、お父さん?」


そう言って腕を絡ませると、夫婦仲良く歩き出した。

二人はバツが悪そうに、高田夫妻の後ろ姿を見つめたまま、立ち尽くした。


「え、えっと・・・」


真理は気まずさを消そうと、口を開いたが何も出てこない。

そんな真理を、高田はチラリとみると、はぁ~と溜息を付いて肩を落とした。


「もう、一人で歩けるだろ?」


「はい! もう大丈夫であります!」


「じゃあ、俺たちも行くよ」


「はい!」


歩き出した高田は、今度はスタスタと一人で行くことはない。

ゆっくりと真理の前を歩いている。


(もしかして、気を使ってくれてる?)


真理は高田の後ろ姿をじっと見つめた。


(意外といい奴かな? 高田君って・・・)


荷物も持ってくれているし、さっきは手を引いてくれたし・・・。


ぼんやりとそんなことを思いながら歩いていると、油断した。

タイムセールをしている店の前を通りかかり、その人混みの群れに飲まれてしまった。


(やばい! また、やってしまった!)


慌てて高田を探す。

人混みを抜けようと必死になっていると、手を掴まれた。


「マジで勘弁してくれ」


その声と共に群れから引きずり出された。

目の前には呆れ果てた高田の顔。


「ご、ごめんなさい」


結局、そのまま高田に手を引かれ、真理はモールの中を歩いた。

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