30.料理
(げ!)
真理は帰ってきた高田を見て目を丸めた。
(何で、帰ってくんの!?)
しかし、真理の狼狽に三人は気が付いていないようだ。
「おばあちゃんがぎっくり腰になったんですって。今からお父さんと行ってくるから」
「すぐ帰るから留守番頼むな」
「ふーん、そう。行ってらっしゃい。ばあちゃんにお大事にって言っておいて」
高田はそう言うと、二人を送り出した。
玄関を閉め、家に入ろうと振り向くと、目の前に困った顔をしている真理と目が合った。
「・・・何?」
「いや・・・、えっと・・・。高田君は行かなくて良かったの?」
「俺まで行く必要ないだろ? 病気じゃないし」
「・・・でも・・・」
「・・・何? 俺がいたら邪魔だって言いたいの?」
「えっと、そういう訳では・・・」
高田は不愉快そうに真理を見ながら家に上がった。
「別に中井さんの邪魔はしないよ。ご心配なく」
そう言い真理の横を通り過ぎようとした時、
「実は・・・、問題はお夕飯でして・・・」
真理は観念したように、俯きながら白状した。
「は?」
「高田君・・・。その・・・、ご飯食べる?」
「・・・どういう意味?」
「そのまんまの意味」
「・・・」
★
料理途中の台所の前に、真理と高田は佇んでいた。
「ふーん、中井さんって料理苦手なんだ?」
「・・・はい。お恥ずかしながら」
高田の斜め後ろで、真理は頭をポリポリ搔きながら答えた。
「でも、ご飯とお味噌汁だけはあるの。自分一人ならあとお漬物でもあればいいやって思っていたんだけど・・・」
「・・・」
「・・・流石に、高田君はそれじゃあ・・・ねぇ?」
「そうだね。育ち盛りなもんで」
「う・・・」
言葉に詰まる真理を呆れたように見て、何かを言いかけたが、軽く溜息を付いて黙った。
「・・・えっと・・・、おば様は店屋物とってもいいって言ってたけど・・・」
真理は高田の背中に向かって申し訳なさそうに小声で話しかけた。
「・・・いいよ。俺が作るから・・・」
「え? 今なんておっしゃいました?」
「俺が作るって言いました」
「・・・」
「・・・」
「えええ~~!!? 高田君、お料理できるの!? 得意なの?!」
真理のド派手な驚愕に、高田の方も驚いたように真理を見た。
「・・・得意なわけじゃないよ。できないことはないってだけ」
「・・・」
「高校生にでもなれば、それくらいできるもんだと思ってたけど、普通は」
「・・・」
「できない人もいるんだな。世の中には」
「くっ・・・」
高田は悔しがる真理を一瞥すると、腕まくりをして手を洗い出した。
「私もやる!」
真理もぐいっと腕まくりをすると、高田の隣に並んだ。
「無理しなくていいよ。できないんだろ?」
「やりますーっ! 手伝いますーっ!」
呆れ果てた目で見る高田を、真理は鼻息荒くキッと睨みつけた。
「ふーん、じゃあ、玉ねぎ切って」
高田はシンクに置いてある玉ねぎを取って、真理に手渡した。
★
「ちょっと待って、中井さん! 危ないって! まな板まで切る気かよ!」
「?」
ガンッガンッ!と片手だけを使って勢いよく包丁を振り下ろす真理に、高田は慌てふためいた。
「玉ねぎに手を添えろよ、危ないだろ?」
「え~~、でも、怖いんだもん」
「その切り方の方が怖いわっ!」
高田の注意に真理は口を尖らせたが、言う通り玉ねぎに手を添えて切ろうとすると、
「ちょっと、その添え方危ないって! 指を曲げろ! 指先切るぞ!」
またまた高田の注文が入る。
「指曲げるって?」
「・・・包丁の持ち方とか切り方って、家庭科の調理実習でやってるだろ・・・。いくら親から習ってないにしたって・・・」
「あー、私、調理実習でいっつも外野だったのよね。美味しいところは全部取られちゃって、やることないって言うか。結局、いつも出来上がったのを食べるだけって言う・・・」
「・・・」
高田は溜息を付くと、何故か真理の後ろに回った。
と思ったら、後ろから真理に覆い被さる様に手を伸ばした。
「!!」
何事かと思った次の瞬間には、真理の手を高田の手が上から包んでいた。
「こうやって包丁持って、左手の指は伸ばさないでこうやって曲げて」
(な・・・!)
突然のバックからの密着に、真理はカチーンと固まった。
硬直した真理の手など、高田は気にもしていないようだ。
真理の手の上から左は玉ねぎを押さえ、右は包丁の柄を握る。
耳の横には高田の顔がすぐ傍にある。
真理は何処を見てよいのか分からず、視線だけが泳ぎ回った。
「包丁も上から叩くようにしないで、引くように切って」
耳元で高田の声と共にかかる息に、思わず息を呑み、目をギュッと閉じた。
もう玉ねぎどころじゃない。
(ちょっと、何なの? この状況・・・!)
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