6.感じの悪い男
高田に捨て台詞のような言葉を吐かれ、一瞬頭の中が真っ白になって固まった真理だが、すぐに我に返った。
しかし、言い返すには時すでに遅し。
高田は教室の一番奥の窓際の自席に座り、他の生徒と仲良くおしゃべりを始めていた。
(何なの、あの人!? 超~感じ悪っ!!)
カーっと頭に血が上り、歯ぎしりをしながら高田を睨みつけた。
その様子に津田が慌てて真理を宥めた。
「な、中井さん。そ、そんなことないから。意外と普通科の人だって来るから。友達いる人なんかさ」
オロオロする津田を見て、真理は気持ちを落ち着けるようにふぅ~と大きく深呼吸した。。
「うん。津田君、ごめんね、お昼休みに。私、戻るわ。ありがとう、じゃあね~」
無理やり笑顔を作り、津田にお礼を言うと、踵を返して特進科の廊下を走り出した。
走りながらも、さっきの高田の態度を思い出し、腹の底がムカムカする。
(アイツが許嫁って、マジであり得ないんだけど!)
特進科の棟を出て職員室の近くまで来ると、教員に走っていることを咎められ、慌てて歩きに変えた。
気が付くと息も切れ切れだ。ゼーハーゼーハーと息を整えながら自分の教室に向かう。
胸を摩ったり、トントン叩いたりしながら、乱れた息だけではなく、荒れた気持ちも何とか落ち着かせようと試みたが、高田の蔑むような目が蘇り、どうにも怒りが収まらない。
(めっちゃ嫌な奴じゃん! 高田翔って!)
真理は荒い息のまま、ドスドスと廊下を歩いて行った。
★
翌日の放課後、真理は特進科の下駄箱近くで川田を待っていた。
昨日のお休みが体調不良でないのなら、今日は来ているはずだ。
だが、二日続けて特進科の棟に行く勇気は出てこない。
思い返すと、昨日の勇気は一体どこから湧きだしたのか不思議に思うくらいだ。
たった今、普通科とは離れている特進科の下駄箱で待ち伏せしていることだって、心臓の音が人様に駄々洩れなのではないかと思うほどバクバクしているのに。
(川田君・・・。早く来て・・・。人があまり多くなる前に! 出来たら友達と一緒じゃなく一人で・・・。人が多くなってきたら、逆に来ないで!って、それも困るか・・・。あ~~、とにかく、話しかけやすい環境の時に来て下さい・・・)
真理は両手を胸元で組み、緊張でゴチャゴチャな頭の中で色々なことを願いながら川田を待っていた。
下駄箱に人が来るたびに、真理の躍っている心臓が口から飛び出しそうになる。
それをググっと飲み込み、必死に耐え忍ぶ。
何度も繰り返しているうちに、精神的に疲労が溜まってきた。
それなのに、何時まで待っても川田は現れない。
(もしかして、今日も休みなのかな・・・?)
そんな事を考え始め、しょんぼりと俯いた時、誰かが下駄箱に近づいてきた。
気配を感じ、慌てて顔を上げると、一人の男子生徒と目が合った。
(げ! 高田翔・・・!)
会いたくなかった人の顔を見て、真理のただでさえ落ち込みかけていたテンションが一気に下がった。
高田は軽く真理に睨みを利かせると、はあ~と呆れたように溜息を付いた。
(な、何なの? その溜息・・・?)
真理は高田の態度に唖然とした。
溜息付きたいのはこっちじゃ!と声を大にして言い返したかったが、いきなり言い争いになるのも不自然だ。
グッと堪えて、その場をやり過ごすことにした。
そのつもりだったのだが・・・。
「あのさ、君、中井真理さんだよね?」
高田が話しかけてきた。
真理は驚いて、目を丸めた。
「・・・そ、そうですけど・・・」
素通りしてくれると思っていたのに、話しかけられて緊張してきた。
今までとは違う、別の意味で心臓がドキドキして思わず胸を押さえた。
高田は真理に近づくと、上からジッと見下ろした。
「俺の事は知ってるんでしょ?」
「え? あ、うん・・・」
知ってるってどういう意味だ?
返事はしたものの、真理の頭は混乱した。
『高田翔』という人物を知っているという事か?
そりゃ、存じ上げておりますとも。この高校トップオブトップに君臨する王子様。
それとも『許嫁』って事か?
ええ、ええ、もちろんそれも。それこそ、つい一昨日聞いてたまげましたね。
真理はクルクル回る自分の頭を整理しながら、高田を見上げた。
高田はそんな真理を、昨日のようなゴミでも見るような目で見つめ返してきた。
「悪いけど、親が勝手に決めたことなんで。俺は関係ないから、付きまとわないでくれる?」
後者かっ!
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