5.決心
翌朝、真理は玄関でまるで相撲取りのようにパシパシ顔と体を叩き、気合を入れた。
靴を履いて四股を踏んでいる時、見送りにやって来た母親は、
「・・・何やってるの・・・? 真理・・・」
呆れたように真理を見た。
「気合を入れてるのよ! ママ! 私、負けないわよ!」
「はいはい。分かった、分かった。ママも応援してる」
「その顔! 全然応援してる顔じゃないんだけどっ!」
「いってらっしゃ~~い。気を付けてね~~」
棒読みで手を振る母に、真理はキィーっと言いながら家を出た。
★
「奈菜ちゃん! 梨沙子! 今日から私、本気出すからね!」
食堂でいつものように仲良し3人でランチをしているときに、真理は二人に宣言した。
「何よ、今まで本気じゃなかったってこと?」
梨沙子はハンバーグを食べながら、眉をしかめた。
「違う! もっと積極的に話しかけて、一気に距離を詰める! 少しずつ詰めていくゆとりが無くなったの!」
「何で?」
奈菜はフォークを銜えながら不思議そうに真理を見つめた。
「えっと・・・、それは・・・」
真理は言葉に詰まった。
いくら仲良しの二人でも、許嫁の件を話すのは躊躇われた。
なぜなら、相手があの高田翔だ。
見ず知らずの他校の生徒ならまだしも、我が高校のトップオブトップとは言えない。
国家情報並みの機密情報ではないか。
それに、川田と上手くいけば、許嫁の件が白紙になる。そうなれば、赤の他人様になるのだ。
それなのに、余計なことは言わない方が良い。
万が一にも漏れたら・・・。
川田と上手くいっても、大変な誤解を招くことになる。
川田と上手くいかなくても、学校の大多数の女子生徒から敵視されることになる。
良い事は一つも無い。
真理はブルブルっと顔を振った。
「? どうしたの? 寒い?」
奈菜は真理の顔を覗き込んだ。
「ううん! 何でもない。とにかく、早く攻めないと川田君は良い人だから他の誰かも狙っているかもしれないでしょ?」
「うん。そうね~。頑張って! 真理ちゃん!」
奈菜はにっこり微笑んだ。
「私からしたら、チンタラしている意味が分からない。チャッチャと告って、彼氏になってもらえばいいだけじゃない」
「・・・それは梨沙子のようなモテる子のみ許される発言ですヨ。言っておきますが」
真理は目を細めて梨沙子を見た。
「でも、今はその言葉を胸に刻みます!」
そう、なぜなら、チャッチャとまではいかないにしても、彼氏になってもらわね困るのだ。
「私、頑張るね! 応援してね、二人とも!」
そう言うと、大きく切ったハンバーグを口に頬張った。
★
食事が終わった後、真理は勇気を振り絞って、特進科の棟に乗り込んでいった。
普通科の生徒が別棟の特進科まで足を延ばすことは、かなり勇気のいることだ。
それでも、昨日の今日で勇気があるうちに、一つ約束を取り付けたい。
後で会って話がしたいという事だけでも伝えておきたい。
そう思い、勇気を振り絞って川田の教室に来たのだった。
教室の入り口から恐る恐る中を覗いてみる。
昼休みもまだ終わっていない。
教室には半分程度の生徒しかいなかった。
(でも、食堂にはいなかったし・・・)
廊下に目を戻し、周りを見ても川田の姿は見えない。
(う・・・、折角勇気出して来たのに・・・。来る時間を間違ったかな・・・)
ガックリ肩を落とした時、廊下から知っている顔がこちらに歩いてきた。
「あ! 津田君!」
急に声を掛けられた男子は驚いてビクッと肩を震わせた。
彼は右手でメガネを掛け直して、真理を見た。
「あ、え、えっと、中井さん?」
「うん。お久しぶり。津田君」
津田は、背は高くないが太っていて大きい。
性格はとても大人しく、地味で目立たないが、大きさで目立つので、真理もすぐ気が付いた。
人が好い彼は、バタバタと大きな体を揺らしながら、教室の入り口まで駆け寄って来てくれた。
「どうしたの? こんなところで」
「あのさ、津田君。川田君、どこにいるか知らない?」
「川田君?」
「うん」
情報屋の奈菜から津田と川田が仲良しなのはリサーチ済みだ。
そして、運良くも津田は真理と同じ中学校出身で知り合い。
友達というより、自分の友達の彼氏だ。
「川田君、今日は休みだよ」
「え? 風邪?」
「ううん。家の用事らしいけど。詳しくは知らないんだ、ごめんね」
そこに、一人の生徒がやって来た。
それに気が付いて、振り向くと長身の男子が立っている。
真理は目を丸めた。
(た、高田、翔・・・)
口をアングリ開けて、思わずジッと高田を見てしまった。
「邪魔なんだけど」
その一言で我に返った。
教室の入り口を塞いでいたことに気が付き、真理と津田はパッと離れて道を作った。
その間を高田は堂々と歩く。
その時、真理をチラリと見た。
それはまるでゴミでも見るようだ。
「普通科の生徒がくるところじゃないんじゃない?」
吐き捨てるようにそう言うと、スタスタと教室の中に入っていった。
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