3.母の挑発

「何度聞いても、何を聞いてもお断りよ、そんなの!」


真理は二人の前に仁王立ちした。

正しく仁王様のように二人に睨みを利かせている。


「え~、どうしてよ? 何が不満なの? こんなに格好良い子なのに」


母親な首を傾げて、真理を見上げた。


「だから言ったでしょ? 不釣り合いだってば! それにこんな神童、もう彼女くらいいるでしょ、ふつーに!」


「そこは大丈夫! 彼女いないみたいよ。ふふ、ママ、リサーチ済み」


「・・・」


ニッコリ笑う母に、真理はゲッソリとした。

真理はターゲットを父に絞った。


「とにかく、パパ。私は断るわよ。それに以前に、大コケするかもしれないことなら、やらないで頂戴よ」


「いやいや、万が一ってことだよ」


「だったら、私の事なんて心配しないでいいから。それに万が一失敗しても、私も一緒に路頭に迷うし!」


「でもなぁ・・・」


父はチラリと母を見た。

母はふぅ~と長く溜息を付くと、


「そんなに嫌がるのは他に理由があるのね?」


そう呟いた。


「真理。もしかして、お付き合いしている人がいるの?」


「!」


真理は言葉に詰まった。

見る見る顔が赤くなる。母親は真理の豹変ぶりに目を丸めた。


「・・・そうなの?」


「えっと・・・。いや・・・。その・・・」


真っ赤になってモジモジする真理を、母親は射貫くように見つめた。


「いるの? いないの? どっち?」


「えっとですね・・・」


「そう、いないのね? じゃあ、問題ないじゃないの」


「違う! いる! いる! 付き合ってないけど、好きな人がいるの!」


真理は慌てて白状した。

言った途端、真っ赤な顔がますます熱を帯びるのが分かり、思わず俯いた。


「そう。片思いなのね?」


母の問いに、真理は黙って頷いた。


「なら、やっぱり問題ないじゃない。付き合っていないんだもの」


「は?」


真理は顔を上げた。

母はニッコリと微笑むと、


「だったら、そんな不毛な片思いなんかより、この高田君に乗り換えなさいな。ね?」


そう言って、可愛らしく首を傾げた。


「はあ? そんな簡単に言わないでよ! 人の恋を何だと思ってるの?!」


「そんなに素敵な人なの? 真理の好きな人って」


「そうよ! もう、ものすんごい素敵!」


真理は目じりを吊り上げ、鼻息荒く、母親を睨みつけた。

父はオロオロしたように、二人を見つめると、


「そ、そうか、そうか。真理には好きな人がいるのか。じゃあ、仕方がないな。ねえ、ママ?」


溜息を付くと、膝をポンポンと叩いて立ち上がった。


「真理、すまなかったな。もう、この話は終わりだ。ママ、お夕飯は?」


「いいえ! パパ!」


母親は立ち去ろうとする父の手首を掴むと、グイっと引っ張った。

父は転びそうになりながらも、何とか体勢を立て直し、母の横にちょこんと座り直した。


「真理の気持ちは分かったわ」


母親は姿勢を正すように、ソファに座り直した。


「でも、その『すんごく素敵な人』とはまだお付き合いしていないのでしょう?」


「・・・うん」


「告白もしていないのでしょう?」


「・・・はい」


「それでも、諦められないのね?」


「・・・そりゃ、まだ告白もしてないのに・・・」


「フラれたら諦める?」


「・・・ちょっと、ママ。酷くない、それ?」


「フラれたら諦める? どうなの?」


「う・・・」


母親の表情は真剣だ。

その気迫に真理はたじろいだ。


「もし、両思いになったら、ママも諦めるわ。流石にそれを引き裂いてまでなんて、無粋なこと言わない。ねえ? パパ?」


「う、うんうん、そうそうそう」


いきなり話を振られ、父はあたふたしながら頷く。


「・・・と言うと、つまり・・?」


真理は少し青くなりながら、父と母の顔を見た。

母はスッと立ち上がって、真理の額に人差し指を当てた。


「その素敵な人を落としてごらんなさい。そうしたら、高田さんに土下座して許嫁の件は白紙に戻してもらいましょう。パパに!」


ポカーンと二人を見上げている父を余所に、母は真理ににっこりと微笑んだ。


「いいこと? パパの土下座は安くないわよ。せいぜい頑張る事ね、真理」

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