2.強いられた許嫁

「高田翔君という子だ」


父は真理の前に、そっと写真を差し出した。


「高田翔・・・」


真理は写真に目を落とした。


タカダショウ・・・

カワタリョウじゃなくて・・・


名前は似てるのに。母音は同じなのに・・・。


(違った・・・)


真理はガックリと肩を落とした。


「ほら、見て見て、真理! イケメン君でしょう!?」


母親は興奮気味に、指でトントンと写真を叩いた。

真理は、もう一度ゆっくり写真に目を向けた。


そこに写っている男子・・・。


高田翔はもちろん知っている。

なぜなら、川田と同じクラスだから。しかし、それだけはない。

彼はエリート特進科コースでありながら、その中でも常にトップ3位に入っている超エリートだ。それどころか、ここ最近1位をキープしているような神童だ。


しかも長身。そして、写真を見て母親が興奮する通り、誰もが認める正統派のイケメン男子。

つまりトップカーストに位置する人物。

知らない訳がないのだ。


「うはぁぁ~~~、無理無理!」


真理は顔の前で大げさに手を振った。


「っていうか、何? 許嫁って?」


そして、乱暴に写真を両親の前に突き返した。


「そもそも、それ日本語? もう『何それ? 美味しいの?』ってレベルなんですけど!」


「え? やっぱり、乗り気じゃない?」


食い気味に自分の話を聞いてくれたと思っていたのに、一瞬にして手のひらを返され、父親は困惑したように真理を見た。


「当ったり前でしょ! 私、絶対嫌だからね!」


真理は声を荒げると、腕を組み、そっぽを向いた。


「え~~?! 何でよ? こんなに格好良いい男の子なのに! 真理なんかには勿体ないくらいじゃないの!」


母親は驚いたように目を丸めた。


「『こんなに格好良い男の子』だからでしょうよ! しかもママ知ってる? この人、学年トップをキープしている超超超優等生よ。そんな人、私に釣り合うわけないじゃん!」


「釣り合わなくたって、そんなことはどうでもいいのよ。鼻が高いわよ~、こんな男の子が許嫁なんて。ねえ、パパ?」


テンションの高い母親に話を振られ、父親は申し訳なさそうに真理を見た。


「・・・パパも、男前でいいと思うんだが・・・」


「いーやーでーすぅ~」


真理はフンとそっぽを向いたまま答えた。


「でもな、真理・・・。先方もお前を是非にとおっしゃってくれていてな・・・」


父親は気まずそうに頭を掻いた。

そして深々と真理に頭を下げた。テーブルに額を付きそうなほどだ。


「頼む。この通りだ。どうかこの話を受けてくれないか?」





真理の家は、その昔は景気が良かった。

しかし、途中から父の経営している会社の軌道が怪しくなり、急激に傾き出した。

倒産は免れたものの、一気に規模を縮小し、細々と何とか会社を切り盛りしている状態だった。


高田家との繋がりは、その景気が良かった時にまで遡るらしい


真理の父の会社が盛況だった時に、父の友人だった高田氏の会社が窮地に陥った。

その時に真理の父が助け舟を出したという。

そんな馴れ初めが今回の真理と高田翔との縁に繋がったようだ。


自分にそんな背景があったことなど聞かされてなかった真理は驚いた。


「知らなかったんだけど! そんなこと!」


二人が許嫁になった所以を聞かされて、真理は叫んだ。


「うーん、パパも立消えになっていたと思っていたからね~、パパの会社がダメになった時に。その時は向こうの会社も零細企業だったから、お互いメリット全然無いね~って」


父は肩を竦めた。


「じゃあ、立消えのままでいいじゃん!」


「うーん、でも、今は高田さんの会社は立派になったから、真理をやっても全然心配ないかな~なんて・・・」


「はい?」


「だから、そのね・・・」


「パパは高田さんから融資を受ける予定なのよ!」


モジモジする父の後を繋げるように母親が割って入った。


「会社で新しい事業を立ち上げるつもりなんだけど、お金が無いでしょ? 高田さんが以前に助けてもらった恩返しとおっしゃって、融資して下さるのよ!」


「はあ・・・? だから?」


「そこで許嫁の話も復活したのよ!」


「は?」


「だって、親戚になった方が信用も増すでしょう?」


「はあ~~?」


真理は思わず立ち上がった。


「ちょっと、待ってよ! 私を売るってこと?!」


怒りで肩が震えている。信じられないものを見る目で両親を見た。


「嫌ね! そんなんじゃないわよ。高田さんのような立派な家に嫁いでくれれば、パパもママも安心でしょ?」


母親は悪びれることなく、ニッコリと微笑んでいる。


「そうなんだ。もし今回のプロジェクトが大コケにコケて会社が倒産したとしても、お前だけは路頭に迷わせずに済むからな・・・」


父も腕を組んで、うんうんと頷く。


真理は深呼吸をすると、バンっとテーブルに手を付いた。そして、ゆっくりと両親に顔を近づけ、キッと睨んだ。


「お・こ・と・わ・り!」

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