第4話 クイーンオブザナイト

「くそっ!止まれってんだよ!」


 苛立っているマガトはツキの横腹を足の内側で蹴った。


「ウウウ」


 ツキは不機嫌そうに小さく唸り声を上げ急に飛び上がった。


「痛ぇ!くほ!ひた噛んだ!」


 口を押さえて悶えるマガトを嘲笑うようにツキは鼻を鳴らした。


「コノヤローー」

「アウ!!」


 マガトが頭突きをくらわそうと構えたときツキが突然吠えた。ツキは頭を軽く後ろに向けて、マガトの視線を後方へ誘導する。


「クソ!やっぱ来るか!」


 後方数百メートルからおびただしい数の黒い獣が彼らを襲わんと迫ってきていた。


「でも!こっちにはハカセの花が!って、え?」


 先程まで激しく光っていた白い花だったが、萎み始め光は弱々しくなっていた。今の状態では頼りになりそうに無い。


 時間がたつにつれて僅かではあるがマガト達と黒い獣達の距離が徐々につまってきている。前方に目を向けてみると、闇の境目が見えてきてはいるがまだ距離は遠く、当分は抜けれられそうに無かった。このままではいずれ彼らは黒い獣に追いつかれてしまうだろう。そうなれば結果は目に見えている。


「ハカセから頼まれたんだ!俺は絶対やりとげる!」


 マガトは必死にツキに括り付けられているバッグ類を漁る。中には地図や食料、水など旅をする上で必要なものが一通り入っていた。しかし、それでは戦えない。


「他に何かないのかよ!」


 焦るマガトに一つのポーチが目に止まる。一際頑丈そうなそのポーチに手を入れると、指先で掴めるほどの小さな硬い何かがたくさん入っていた。その内一つをつまみ上げてみるとそれは種だった。


「これって…」


 それは実験でハカセが作っていた赤紫のあの種。


「ん?」


 添えてあった小さなメモ書き。見慣れた筆跡、可愛らしい丸い字、ハカセの字だった。


「"みらびりす"?この植物の名前か?」


 そして名前の下に目を向けると


「"投げろ"って…こんなじゃどうにもならない…けど」


 後方からは着実に黒い獣が近づいてくる。今、方法を選んでいる暇は無い。


「えい!」


 種を一つ後方へ投げる。地面に落ちて数秒、何も起こらない。


「やっぱり種投げたところで何も…」


 そう思ったやさき、種がひとりでに揺れ出す。そして種が割れたかと思うと中から青々した茎や葉が勢いよく飛び出し、あっという間に成長し、さらに投げる前の種と同じような赤紫の漏斗状の花を咲かせた。


「花が咲いたのはいいけどーー」


 ポンポンポン

 マガトの言葉を遮るように渇いた音が連続して響いた。

 咲いていたはずの赤紫のあの花が姿を消していた。では何処に?答えは空。漏斗の下の緑の部分が下にズレ、赤紫と緑をヒモのようなめしべやおしべが繋げている状態で、まるで落下傘のようにゆっくりと落ちてきていた。その花の落下傘はゆらゆらと飛んでいき黒い獣達正面の地面に落ちた。

 黒い獣達はそんなものに目もくれずその上を通ろうと花を踏む。すると、

 ボン!

 閃光と共に爆発した。その破壊力は凄まじく、踏んだ黒い獣を跡形もなく吹き飛ばした。


「…すげえ…すげえよハカセ!こいつなら闇を抜けるまで足止めできる!」


 マガトは次々に種を投げていく。芽吹き、成長し、花が咲き、空を舞い、それから爆発。横一列に爆発の閃光が瞬く。爆煙がたなびく。

 しかし、それで終わりのはずが無かった。黒に獣の数は数多、爆煙を切り裂いて、次が飛び出してきてきた。


「何匹いんだよ!」


 マガトは次の種を掴み取り黒い獣達の進行方向にばら撒いた。黒い獣の目の前に広がるマガトが作り上げた赤紫の大地、迂回するには遠すぎるほど広い範囲広がっていた。それを見て黒い獣達は流石に無謀だと思ったのか、その前で立ち止まる。


「はは!これで来れないだろ!…えっ」


 黒い獣達は諦めていなかった。彼らは何層かにおり重なり躊躇なく一斉に爆発の園へ飛び込んだ。当然爆発しバラバラに消し飛ぶ、下の1、2段は。上段の黒い獣は下の段をクッションにし、爆発の衝撃を利用して空高く飛んだ。高く高く、赤紫の大地を越え、マガトの真上へ。


「クソ!あと少しなのに!」


 視界の端に闇と光の境界がすぐ近くに見えていた。が、風呂敷を広げたように黒い獣が落ちてくる。横に避けようとも前後に避けようともかわし切れない。もう間に合わない。

 その時、ツキに括り付けられていた大輪の白い花が小さく揺れ、数瞬光った。そして、花からの甘い香りが強くなる。

 ヒューヒュー

 風が鳴く。

 突如現れた嵐が黒い獣を攫っていった。正確には黒い竜巻のようなもの、うねる一つの大きな生物なようなもの。それは1体の大蛇、竜、そう見えた。


「鳥の群れ?」


 実際は何かの群れのようだった。翼を持ち空を飛ぶ。しかし鳥ではない。全身を毛が覆い羽は竹ひごに布が貼ってあるような、そう、まさに凧のような。その飛行生物の群れは黒い獣の十倍程の数で黒い獣に突撃していき、翼についた鋭い爪で切り裂いていく。ぼろ雑巾のようになった黒い獣はそれでも許されず黒い渦に呑まれ形を完全に失ってしまう。

 そして、全ての黒い獣が消されると、嵐は過ぎ去り、辺りを静寂が支配した。

 ツキとマガトはそのまま闇を抜けた。空の光が顔を照らし、思わず目を細める。闇に染まっていない目の前に広がる風景にマガトの心は緊張から解き放たれた。


「あれはなんだっだんだ…あっ!」


 白い大輪の花だったものは完全に萎み、落ち、風に飛ばされ、闇の方へ消えていく。残り香が鼻腔をくすぐる。


「ハカセ…」


 マガトは目元を袖で擦った。目の下は紅に染まり、鼻をすする。彼らはあの地獄から逃げおおせた。

マガトは大きく息を吐いて、ツキを撫でた。


「ありがとうなツキ。行こう、目的地へ」

「アウ!」


 1人と1匹は光照らす空の下、駆けていく。

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ヨルがヒルを染める時 イシナギ_コウ @ishinagi_kou

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