第2話 ヨイ
その闇の絨毯をみるやいなや村の人は絶叫と共に反対方向へ一斉に駆け出した。
「なんなんだよ!」
マガトもつられるように駆け出す。
視界の端で見慣れた風景が非日常に塗りつぶされていく。村人達は死に物狂いで走ったが、音もなく領域を広げていく闇の速さは、人の走る速さなど優に超えていた。1人また1人と闇に消えていく。マガトも同様、必死の走りも虚しく闇に呑み込まれてしまった。そしてついには村全体が闇に染められた。
「終わった!終わった!終わった!」
闇に呑まれたマガトはそう叫び、目を閉じて身をこわばらせていた。が、違和感を覚えそっと目を開けてみると
「なんとも…ない…?」
マガトは体を触り、自身の無事を確認した。闇の中、その外見から生の終を想像していたが違ったらしい。実際は闇といっても少しではあるが先が見え、完全な闇というよりは世界が濃い黒のベールに包まれたようだった。
村の人達の安堵の声が聞こえる。マガトも安堵の息を吐いた。が、
「なんだ、なんとも――」
その時、遅れておとずれた体の変化に言葉がつまる。急に体が重たく、寒気も感じる。加えて、こんなにも空の光が奪われたことが無かったため、初めて体験するこの暗さ、少し先は見えるがその先は一切見えないという恐怖が心の臓を激しくした。
「あっ」
誰かがこぼした声。その声につられて周りを見ると闇の中に揺れる小さな光があった。オレンジの光から感じるのは確かな温もり。
「ランプだ!誰かがランプをつけたぞ!」
導かれるように村人達はランプへ集まり始めた。そのさまは光に集まる虫のよう、自然と足がそちらに向いた。
「他のもないのか?」
心に余裕が出来た為か、ランプ辿り着いた老人が1人大声でそう口にした。その声は闇空に響いていく。
「やめろ!離れろ!やめてくれ!」
突然、老人が叫び、黒い何かが彼に重なる。
ランプの光でその何かが姿が浮かび上がる。それは、イタチのような体躯で耳は小く、口に鋭い牙が見える。ふわりとした尻尾がピンと上に立っていた。
その黒い獣は老人の腕に噛み付いていた。牙の刺さったところから黒い痣のようなものが広がり侵食していく。
ガシャン
光が消えた。ランプの主も襲われたのかランプが音を立ててその輝きを失った。最悪の光景がより強く皆の目に焼き付いた。
ウウウ
何処からともなく獣の唸り声が聞こえくる。すぐ近くだ。
「助けてくれ!」
誰かが叫んだ。恐怖にさらされた絶叫。その声を皮切りにあちらこちらで短い悲鳴が散発的に聞こえ始める。マガトの全身を嫌な汗が流れ始めた。
(いったいあいつは何なんだ!)
ランプの光を見た事でいつの間にか心の中に生まれていた僅かな安心、その分失われたことでより濃く恐怖が彼の心を蝕んだ。
「うわぁぁ!」
マガトは再び駆け出した。自然と息切れの苦しさを感じない。いや、それどころではなかった。必死に走った、無我夢中たった。
ホウ
ぐちゃぐちゃになった感情の中その瞳に映ったのは一つの光。ランプのそれとは違う。初めは恐怖による幻覚かと思ったがそうでは無かった。
「やったーー」
しかし、光を見つけた安心感からか走る速度が落ちてしまっていた。黒い獣が飛びつきマガトの腕に食いつき黒が侵食する。それはまるで内側から凍っていくような感覚だった。内側から広がる恐怖。
彼は肩が外れるのでは無いかと思うほどおもいきりに腕を振った。それでなんとか黒い獣の牙から逃れたが、体勢を崩し地面に倒れてしまう。
闇の中からさらに数匹の黒い獣が姿を現す。囲まれた、もう逃げ場はない。マガトがもうだめかと諦めかけたその時、
「マガト!手を出して!」
優しい甘い香り、聞き覚えのある声。言われるままに手を出すと小さな手が彼の手首を掴み強く引く。軽く宙を舞い、何やら毛深いもののに身を沈める。乗っていたのは犬の様な生き物だったが、より鋭い顔つきをしていた。
上下に揺れるその場所でその犬モドキを従えるのはマガトが見た見慣れた背中、ハカセだった。メガネの下瞳が鏡のように光を反射しているように見えた。
安堵して息を吐く時、鼻腔をハカセと同じ優しく甘い香りがより強くなった。顔を上げるとさっき目にした光の源があった。
「あれは!」
光の源、そこにはマガトの育てていたあの植物が白い大輪の美しい花を咲かせ眩い光を放っていた。
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