月の欠片は二人のもとへ

阿滝三四郎

月の欠片は二人のもとへ

月の欠片を拾った夜は

     二人にとって、ささやかだけど

           とても大切な夜になった




それは『初夜』から1年が経った、とある週末の出来事だった




記念すべき1回目の結婚記念日は、仕事の関係で出張となり、当日を挟んで1週間の外出となってしまった。

妻には、何を言われるかとドキドキしていたけれど、開き直ったように、結婚1周年記念にやりたいことリストを渡された。

その中には、海辺でゆったりと書いてあった。



妻は、海が好きだ

波の音しか聞こえない静かな海が、とても気に入っている



普段は、色々な物に興味を持ち、色々な事に目を配り、知識をため込み、何かがあれば、その知識を役に立てて、友人からは、慕われている





そして、今日

そんな妻の、ご要望にお応えして、千葉県の外房にある町、勝浦までやってきた



ホテルは、海が眺められる、オーシャンビューの客室

歩いて1分の場所に、プライベートビーチ並みの、こじんまりとした砂浜がある

そして、自慢の温泉は、源泉かけ流し、食事は、地魚料理が堪能できるホテルだ






自慢の地魚料理の夕飯を堪能したあと、部屋に戻りながら


「ね~、ビーチまで散歩しない?」

と、妻が言ってきた


「いいよ、外は少し冷えそうだから、羽織るものを、取ってから行こうか」

「そうだね。そうしよ」




「ね~、これ持って」

「何これ?」

「ナイショ、いいから持ってね。落としたら大変な事になるわよ」

「お~、わかったよ」






午後8時、あたりは、ひっそりと静まり返っている






「あそこに、ベンチがあるよ。そこに座ろうか」

「うん。」




「ありがとね。リストの願い聞いてくれて」

「いや、当日、お祝いできなかったからね」

「でも、こっちの方がよかったかも。美味しい食事に、温泉も入れたし。ゆったりも出来そうだしね。来年もこうやって、できるといいわね」

「きっと、できるさ」





夜空には、まん丸と浮かぶ、お月様が

太陽の光を受けて

海の上に、一本の立派な道を作っている


静かな海に、その道は、水平線の彼方まで伸びていた



「やっぱり、キレイだな」

「あたし?」

「いや、ほら、海の上を一本のキレイな道が走っている」




「ね~、知っている。月の欠片を拾った人は、幸せが舞い込んでくるんだって❤」

「へぇ~、そうなんだ。知らなかったな。その欠片、拾いに行かないとね」


「もう、その欠片、手に入れてあるんだよ」

「え?そうなの」

「さっき持ってもらった、カバンの中に入ってるよ❤」

「開けていい?」

「うん」




「ワインにコップじゃん」

「そうじゃなくて、ちゃんと探して」

「そういえば、食事の時、お酒飲まなかったけど、どうして?」

「それも、わかるわよ」




母子健康手帳が出てきた




「月曜日に、産婦人科クリニックに行ってきたの。赤ちゃんが、お腹の中にいるって」

「えっえっ、おっおっおぅ~~~。いや~おめでとう。いや、おめでとう。じゃなくて、ありがとう。かな?なんて言えばいいんだ。そうだ、僕達は、親になるんだね」

「そうだよ、パパ」

「うん、ママ。よろしくね」





「寒くないか?」

「な~に、急にやさしくなって」

と、笑った



「ところで、ここで、ワイン開けるつもりなの?」

「そう思ったけど、やっぱり、部屋に戻って、カンパイしよ」

「そうしよ、暖かい部屋で、ワイン飲も、ね」







「カンパイ」

「うん。カンパイ」

「そして、元気に生まれてきてくれる子供にも、カンパイ」




「気がつかなかった。ごめんね」

「ずっと、忙しかったから、仕方がないよ。正直行くかどうかも迷ったけど、遅れることもあったしね。でも、もしかしたらと思って行ってみたの。わかってからの1週間、隠し通せるか、不安だったけど、あなた、忙しすぎて、まったく振り向いてくれない」

「あっ。ごめん、ごめんなさい」

と、笑った



妻は、この1週間。隠しておいた、この重要なことを言えた安堵感からなのか

両肩に乗っていた重みから解放されたように

背伸びをして、心からの笑顔になり、やさしい顔つきに変わった




「それで、男の子?女の子?名前も決めないとね。どうしようね」

「まだまだ、先よ。慌てないでね。生まれてくるまでの、お楽しみ。それまで待っててね」

「途中で、わかることもあるって、聞いたことがあるけど」

「それも聞かないよ。生まれくるまでの、お楽しみ。はじめて会った時に知った方が、嬉しさも増すでしょ」

「うん。わかった。それまで待っていよう」

と、胸を張った




「ところで、お酒はいいの?」

「先生に聞いたわよ、本当は、もうダメなんだって。でも今週末の旅行で、旦那と乾杯したいと言ったら、深酒はしないようにと言われた」



「おこちゃまが、やって来るまでの、我慢だね。おいしいお酒にしよう」

「うん」



「ありがと、赤ちゃんを連れてきてくれて」





カンパイ!!

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