第12話 広い世界へ
気づくと、いつの間にか音楽室の出入口が虎白のすぐ隣にあった。ピアノの滑り台もなくなり、扉の向こうには6年生教室が見える。
音楽室の戸を開けると、廊下も挟まず6年生教室へと続いていた。
「どうなってるんだろうね、この学校」
「お前の心の中なのにな」
まるで学校自体に意思があるみたいだ。
「けどこれで小さい葉月君が言っていたピースが揃ったよね」
「ああ。早くピース入れて知らせようぜ」
その時、虎白たちの傍に侍っていたメダカたちが離れていった。水槽の中に戻り、ジッとこちらを見つめる。
「ここでお別れ、って事かな」
「そうみたい。ありがとね。ここまで連れてきてくれて」
「元の世界に戻ったら、俺もたまには世話してやるよ」
葉月は水槽に近づくと水槽のガラスに手を当てた。
「心配してくれてありがとう。僕、もっと頑張ってみるよ」
メダカたちはパシャパシャと水面ではねた。それが応援だという事はよくわかる。
葉月はもう1度「ありがとう」と伝えると、水槽から離れて虎白と萩香の元に歩いてくる。
葉月の机にある箱にそれぞれのピースをはめ込んだ。葉月が貰った宇宙船の胴体部分のピースと、ブルドッグからこっそり貰った丸窓のピース、そして萩香が引き当てた丸みのある三角形のピースを1番上にセットする。
3つのピースがしっかりはめ込まれると、ピースが淡く点滅を始めた。
同時に学校全体が小刻みに揺れ出した。何かが動き出した音がする。
ピーンポーンパーンポーン。
振動と何かの起動音を物ともせず、教室に設置されたスピーカーから気の抜けるような軽い音が鳴り響く。
スピーカーから女性とも男性ともわからない声が聞こえてきた。
『6年生の鏡水葉月さん、峯川琥珀さん、日向萩香さん、宇宙船が発射いたします。至急屋上へ向かってください。繰り返します』
パッと3人で顔を見合わせる。3人はいっせいに駆け出した。6年生教室を抜け、屋上への階段を駆け上がる。
屋上の扉を開けると、小さな葉月は変わらず宇宙船の傍らに立っていた。宇宙船はエネルギーが点火されたのか振動品がら飛び立つ瞬間を待っていた。
「来たんだね。さあ、乗って。外へ帰れるよ」
小さな葉月は宇宙船にかけられた梯子を指さし数歩下がった。
「お前は乗らなくていいのかよ。乗りたかったんじゃないのか?」
小さな葉月は静かに首を横に振った。
「僕、いつか本物に乗るからいい」
さも当然のように言ってのけた小さな葉月。
「小さい方が前向きだな」
「ううっ」
痛いところを突かれた。そう言わんばかりに葉月は肩をすぼめる。
しかし、のんびり話していられるのもそこまでだ。カウントダウンが聞こえてくる。
『10、9』
「早く乗ろうぜ!」
「「うん!」」
梯子を上っている間もカウントダウンが進む。丸窓を開け、そこから宇宙船の中に入り込む。中は3つの座席が向かい合うように設置されていた。最後に乗り込んだ葉月が丸窓から顔を出し、小さな自分に叫ぶ。
「僕も、絶対本物に乗るから! 約束するよ」
葉月は真っすぐな視線を小さな自分に向ける。
『……3、2』
急いで葉月が丸窓を閉じ、座席につく。
『1、0』
発射。
宇宙船が屋上の床から離れていく。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
遠ざかる枝羽根小学校から、6年間ずっと時を刻み、教えてくれたチャイムの音が聞こえてきた。
3人の旅立ちを応援するように。
ドーム状の壁がゆっくりと開き、太陽が差し込んでくる。夜明けのように世界が照らし出されていく。
離れていく心の世界で、僕は見た。
果てしなく広がる、自分の世界を。あまねく満ちる僕の時間を。
宇宙船は進む。憧れていた大空を抜け、僕たちはいつしか、温かな光に包まれていった。
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