第9話 ピースを探して

 学校の敷地に1歩足を踏み出した途端、機械の振動音が辺りに響き渡った。地面も小刻みに揺れ、学校を囲むように地面から三角形の壁がせりあがってくる。

 「何だ?」

 門より高く。学校より高く。壁は虎白たちごと学校全体をドーム状に包み込む。

 「見て。月がある!」

 ドームの内側は星がキラキラ瞬き、その一点にまん丸の満月が輝いていた。そのおかげか、太陽の光が閉ざされたドームの中も薄い青色に染め上げられた校舎が見える。

 例え時の流れは無くても、夜はこうして作り上げることができる。

 「なんか、夜の学校でわくわくするよな」

 「そうだね。確か夏休みのクラス行事か何かで学校で肝試ししたよね」

 「5年生くらいの時だったけ?」

 「そうそう。葉月めちゃくちゃ叫んでたよな」

 「ぼ、僕幽霊とかドッキリとか苦手なんだよ」

 くすくすと笑い合いながら昇降口に近づいてくる。たとえ現実じゃなくても、自分たちが通う学校というだけで6年の思い出が湧き上がってくる。

 クラス全員で担任の先生からお説教を食らった事。給食のカレーが入った寸胴鍋をひっくり返した生徒が居た事。学校はハプニングとイベントの宝庫だった。

 昇降口の階段を上がり、重い扉を引き開ける。

 靴何て履いていなかったから、汚れに汚れまくった靴下で廊下に上がった。ひんやりと冷たい床の感触。下手したらすべって転びそうだ。

 「これからどうする?」

 枝羽根小学校は2階建てで、低学年昇降口と高学年昇降口の2つに分かれている。虎白たちは高学年昇降口から入ったため、近くに階段があり2階へと続いている。

 6年生教室があるのは2階だ。

 学校に明かりはついていないため、非常口看板の淡い非常灯の光と非常ベルの上にある赤い光が廊下に色を付けている。

 「とりあえず、6年生教室に行ってみる?」

 萩香がそう言った時だった。

 タタタ。タタ。

 軽やかな足音がどこからか聞こえてきた。

 「だ、誰?」

 萩香が一気に声量を落とす。

 「まさか、お化け?」

 「や、やめてよ! 幽霊なんて居ないんだからっ」

 萩香と葉月はお互い手を取り青ざめている。

「でもさ、ここはお前の心の中なんだろ? もしかしたら、想像で作り上げた幽霊がてくるかもしれないぜ」

 「そ、そんな事言って怖がらせようとしなくていいじゃないか!」

 タタタタ。

 「ひっ」

 足音が階段を駆け下りてくる。2階から降りてきているようだ。

 薄暗い階段で2本の細い足が立ち止まった。そして姿勢を低くする。さらさらした黒い髪に大きな瞳がこちらを覗いた。

 「あれ、お前じゃね?」

 「へ?」

 虎白は一発でわかった。あれは小学校低学年くらいの葉月だった。

 「本当だ。僕だ」

 葉月がそう呟いたのもつかの間、小さい葉月はパッと身を翻して2階を駆け上っていく。

 「ちょっと待てよ!」

 虎白たちも小さい葉月を追って階段を上っていく。小さい葉月は2階へたどり着いた先にある折り返しの階段を真っすぐ走っていった。

 「こんな階段、学校になかったよな」

 「う、うん」

 階段なんて動物園から逃げ出すときに嫌になるくらい上ったのにまた階段。内心辟易する思いで虎白は1段1段踏み込んでいく。

 階段は何度も折り返しながら上へ上へと続く。小さな葉月はとっくに階段を上りきったのか足音も聞こえなくなっていた。

 「ね、ねえ。たしかにあれは僕だったけど、動物園の従業員さんみたいに襲ってきたりしないよね」

 「「……」」

 言われてみれば。絶対に味方だとは言えないんだった。

 「でも、何も話さずに引き返したって仕方ないだろ。やばそうなら走って逃げようぜ」

 顔を見合わせ頷きあう。やがて、1枚の扉が見えてきた。グレーのその扉には見覚えがある。

 「これって屋上の扉、だよね?」

 萩香も同じ事を思っていたのか扉を前に首を傾げている。屋上の扉はいつも2階の片隅にひっそりと存在していて、立ち入り禁止となっている。

 あんまり存在感がないから虎白は小学4年生になるまで屋上の扉の事を知らなかったくらいだ。

 ごくりと唾を飲み込んで扉のドアノブに手をかけ静かに回す。キイと耳障りな音を立てて扉が開いた。

 扉の隙間から少し冷たい風が吹き込んでくる。そこに、小さな葉月が佇んでいた。

 傍には巨大な何かがあり、小さな葉月はそれを見上げていたのだ。

 「おい、何してるんだ?」

 虎白は思い切って屋上に出てみた。深い青色の光に染め上げられた世界で、小さな葉月は自分の何十倍もある先の尖った物体を見つめ続ける。

 「ロケット?」

 有人の宇宙船だ。

 虎白が教科書なんかで見たよくわからないコードやら物体やらが付いたものではなく、子どもの頃描いたような太くてずんぐりむっくりした丸窓付きのロケット。機体の下方には三角形のサメのヒレみたいなものがついている。

 月明かりに照らされて、宇宙船は堂々とした姿を見せつける。機体の光沢の中に月が反射していた。

 「お前、これに乗りたいのか?」

 自然と虎白は小さな葉月い声をかけた。小さな葉月はコクンと首を縦に振る。

 「でも最後のピースが無い」

 「ピース?」

 「3つあるんだけど、無くしちゃった。お兄ちゃんたち、探せる?」

 チラッと萩香たちを見ると、どちらも頷きで虎白に答えてくれる。

 「わかった。そのピース探してくる。それがあれば動くんだな?」

 「うん。探したら、6年生教室にある箱に入れてね。僕、ここで待ってるから」

 「ああ。任せとけ」

 小さな葉月は深く頷き、虎白たちに手を振った。

 「別に悪い奴じゃないみたいだな」

 階段を下りながら虎白が言うと、萩香も「そうだね」と同意してくれた。

 「6年生教室に箱があるって言ってたし、先に見に行ってみようよ」

 「まあ、俺は別にいいけど。葉月もそれでいいか?」

 「うん。僕も賛成」

 ピースとやらを探すにしても、どんな物なのかヒントは欲しい。箱を見ればピースを見つける手掛かりになるかもしれなかった。

 屋上へ続く階段を降り、2階の廊下を渡る。廊下の窓や教室の窓から月明かりが入り込み、どこもかしこも薄っすら青い。いつもは賑やかな学校も今は耳が痛くなるほど静かだった。

 2階には5年生教室、6年生教室の他図工室やパソコン室、図書室なんかがある。

 虎白は6年生教室の引き戸を開け、見知った教室に入った。教室に入ってすぐ虎白は小さな葉月が話していた箱を見つけた。てっきりどこかに隠されているのかと思いきや、机の上にチョコンと乗っかっていただけだ。

 「ここ葉月君の席だね」

 「そ、そうだっけ」

 「そうだよ」

 葉月はちょっと気まずそうだ。

 別に責めてるわけじゃないんだけど。

 皆で葉月の関を囲み、改めて箱を見る。直方体の箱には屋上で見た宇宙船を小さくしたような窪みがあった。

 「この窪みの形に合うピースを3つ探せばいいって事だよね」

 「多分な。この箱、机にくっついてて持ってけないみたいだし、それらしい物見つけて戻ってくるしかなさそうだな」

 「うん。でもどこから探そっか」

 「とりあえずこの教室から探してみようぜ」

 まさか箱のある教室にピースがあるとは思っていないが探さないのもモヤモヤする。

 3人とメダカ3匹で机や掃除用ロッカーを調べて見たが、やはりピースらしきものはなく、6年生教室を出て別の場所を探すことになった。

 「面倒くさいし、1年生教室から順番に見ていくってのはどうだ?」

 虎白の一言で一端1階へ降りてきたは良いが、階段を下りた虎白たちは奇妙な違和感に足を止めた。

 近くにある教室の札を見て見ると、4年生と書かれている。

 「なあ、俺たち1年生教室に向かってたよな?」

 「う、うん。道も間違えてないと思う」

 2階から1回へ続く階段は2つある。1つは虎白たちが入ってきた高学年昇降口の近くにある階段。もう1つがホールを通って低学年昇降口の近くに出る階段。

 虎白はたしかに後者の階段を下りたはずなのに、行きついたのは高学年昇降口の近くだ。

 「やっぱり一筋縄じゃ行かなさそうだね」

 萩香が肩をすくめる。最後まで奇妙な世界な事に変わりはないのだと、半ば諦めたような反応だった。

 「仕方ないな。せっかく来たんだし、4年生教室から入ってみるか」

 「そうだね」

 「うん。そうしよう」

 虎白はすぐ近くの4年生教室に歩み寄った。壁には図画工作で描いた絵や書写の時間に書いた字が展示されている。

 虎白が引き戸を開ける寸前、展示された字や絵が視界の端でモゾリと動いた気がした。

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