第4話 ヒーロー登場!
振動が収まってもコンビニの天井からはパラパラと埃が振ってく。ちょうど食べ終わった萩香と葉月はそろってむせていた。
慌てて外に飛び出すと、立ち込める煙の中をかき分けてスラッとした男性が歩いてくるのがわかる。筋肉質な体にぴったりとした服、そして煙の中から現れた仮面と赤いマント。それにライオンをイメージした独特のベルト。
『君、だあれ?』
「仮面ヒーローだ!」
ティラノと葉月の声が重なる。呼応するように仮面ヒーローがビシッとポーズを決めた。
『いかにも! 私は正義の味方、仮面ヒーローだ‼』
「何? 仮面ヒーローって」
「萩香知らないのかよ。仮面ヒーローって毎週土曜日に放送してるドラマだぜ」
虎白も何年か前まで観ていたが最近はめっきり観なくなった。
仮面ヒーローは決めポーズを解くと1歩1歩虎白たちの方へ近づいてくる。
『君たち、先ほどコンビニで飲食していたね。それはお金を出して買ったのかな?』
ギクリと肝が冷える。お金なんて持ってきてないし、店員さんも居ない。そもそも、お金が通用する世界だとは考えていなかった。
「だって、人も居ないし」
『それでも購入する前にお金は払わなくちゃだめだ。万引きになってしまうぞ』
「そんな事言われても、俺たちお金なんて持ってないし! だいたい、好きでこんな世界に来たわけじゃないんだからな!」
『問答無用だ! 覚悟しろ悪党! ヒーローキーック!』
「うわっ!」
仮面ヒーローがジャンプして思い切りけりをくらわせようとしてくる。虎白は紙一重の所で地面に転がってかわした。
『ヒーローは悪を成敗しなくてはならない! おとなしくしろ!』
「虎白君!」
地面に手をついていた姿勢で虎白は身を固くこわばらせた。ヒーローはパンチを繰り出そうとしている。
避けられない!
『僕が相手だ!』
ドシンッ! 力強い音が目の前で響く。ティラノが虎白をかばうように間に立ったのだ。
「くらえ! ヒーローパンチ‼」
バシャンッ。
仮面ヒーロー渾身のパンチが炸裂すると、ティラノは色とりどりの体を放射状に飛び知らせて原型を失ってしまった。
虎白にもその一部が降りかかる。水のように見えていたが、触れてみるとゼリーみたいな感触だった。
水滴のどれに話しかければいいかわからないため、とりあえず自分にかかった水滴に話しかける。
「大丈夫か、ティラノ!」
『うん。でも、僕じゃあんまり役に立たないみたい。僕がもっと屈強な体をしていればもう少し役に立てたのにな』
ティラノはしょんぼりと呟いていたが虎白はそれどころではなかった。仮面ヒーローが萩香や葉月も標的にし始めたのだ。
「くそっ。何だよ、どうすれば許してくれるんだよ!」
『おとなしく成敗されるというのなら、許してやろう!』
それってさっきみたいなキックやパンチでボコボコにされろっていうのか? そんなのごめんだ。親父にげんこつされるならともかく、知らない人に殴られるのは、たとえ自分が悪くても癪だ。
けれど、仮面ヒーローはあっという間に虎白たちを追い詰めていく。3人と4匹は互いに身を寄せ合ってコンビニのガラス面に背をくっつく。
「さあ、これでおしまいだぞ」
仮面ヒーローはライオンをイメージした奇妙なベルトに手を置き、金色の鍵をベルトに装着する。
何やら奇妙な音がベルトから響いてきた。
「聞いて皆」
背後に立つ萩香が小声で話し始めた。
「絵具の森でみつけた氷地帯は覚えてるよね」
「ああ。ジャングル出たときも見たぜ」
「誰かがそこにティラノ君を連れて行くのはどう?」
『僕を?』
ベルトから発生する音が大きくなり、仮面ヒーローが光に包まれる。
「ティラノ君は水でできているんでしょ? 寒い所に行けば凍って仮面ヒーローに対抗できるかもしれない」
『なるほど。僕でも仮面ヒーローと戦えるようになるんだね!』
「じゃあティラノが氷地帯に行ってる間、俺たちで何とかアイツの相手をするんだな?」
「うん。念のため、1人ティラノ君に同行した方が良いかも」
『おしゃべりはおしまいだぞ、子どもたちよ』
いつの間にか、仮面ヒーローの手には光る剣が握られていた。
「葉月、お前が行ってこい」
「ぼ、僕⁉」
「俺たちがおとりに失敗したら、葉月が足止めするんだぞ」
虎白は有無を言わせず葉月の背を思い切り押した。直後、葉月の居た場所を光る剣が通り過ぎる。
「行けっ!」
「う、うん!」
ティラノに続き、葉月とメダカが1匹ついて行く。残りの2匹は虎白と萩香にそれぞれ付き添った。相変わらず、それがメーちゃんなのかたっちゃんなのか、はたまたかっちゃんなのか虎白にはさっぱりだ。
「俺は反省するつもり何てないからな! こんな世界に巻き込んだ誰かが悪いんだぞ。やっつけるなら巻き込んだやつにしろ!」
大声で叫ぶ。ちょっとくらいは本音も混じっていた。
『君は、連帯責任という言葉を知っているかね。例え巻き込まれた側でも悪さをすれば人のせいにはできないんだ』
「先生みたいな事言うんだな」
ブンッ!
突き出された剣が頬をかすめる。
『先生? 私は先生などではない。仮面ヒーローだ!』
再び斬りかかってくる。目の前を光る剣が通ると目がチカチカとした。後ろをちらっと振り返りながらバックステップを踏んで斬撃を交わしていく。
『ハァッ!』
「うおっ」
今度は腕をかすっていく。ジリジリと転んですりむいた時みたいな痛みが走った。
『最後だ!』
仮面ヒーローが剣を上段に構える。
「葉月君! これ使って!」
萩香の声が聞こえたと同時に仮面ヒーローの後頭部に何かが勢いよくぶち当たった。
『ぐっ』
乾いた音を立てて跳ね返ったのは町を行き交っていた回覧板だ。上空を見上げると、自分の身長くらいはある回覧板に乗って空を飛ぶ萩香が通り過ぎる。
回覧板も停止する事ができないのか、落下した回覧板もどこかへ行ってしまいそうになる。虎白は慌てて回覧板を掴んだ。
グンッと体が反り返る。回覧板は虎白が体重をかけてもお構いなしに上昇した。何とか回覧板によじ登り、振り落とされないように板の端を掴む。
『よくもやったなっ』
仮面ヒーローもマントをはためかせて上空へ昇ってくる。そして、先ほど回覧板をヒットさせた萩香の方へ飛んで行った。
「待て!」
四苦八苦しながら回覧板の進行方向を変え、仮面ヒーローを追う。途中で別の回覧板を掴んで投げつけた。
しかし、同じ手は何度も効かない。今度は仮面ヒーローも背後に注意を払っていてなかなか当たらない。急上昇したり急降下したり。仮面ヒーローはしつこく追い掛け回してくる。
虎白と萩香に1匹ずつ付き添ったメダカたちも斬られないよう逃げながらも2人の背後に気を配り仮面ヒーローの接近をつついて教えてくれた。
時には回覧板を盾にして仮面ヒーローの攻撃を防いだけれど、虎白には攻撃手段がない。パンチやキックは下手したら回覧板から落ちて地面に真っ逆さまだ。
『いつまでも追いかけっこができると思うなよ』
虎白たちに比べて自由自在に空を飛べる仮面ヒーローは段々と追い詰めてきた。方向転換した方に回り込まれ、斬撃をくらわせてくる。何度もバランスを崩し、肝が冷えた。
ついに萩香の乗っていた回覧板の端に斬撃が直撃した。回覧板の後部がガクンと下に引っ張られ、前部が跳ね上がる。萩香はその衝撃に耐え切れずに空中に放り出された。
「萩香!」
間一髪、萩香の腕をつかんで回覧板に引っ張り上げる。でも、そこまでだ。
一瞬で移動してきた仮面ヒーローが目の前にいた。
次の瞬間だった。
『2人をいじめるのは止めろっ!』
『ぐわあっ⁉』
猛烈な勢いでティラノが突進してきた。その背中に葉月も乗っている。
「お待たせ!」
「遅いぞ葉月!」
愚痴がこぼれたが、2人とも安心したように笑顔だった。
ティラノは色とりどりに凍った体から冷気を漂わせた。体の大きさは少し小さくなったように思える。
仮面ヒーローは頭突きをくらい、派手に吹っ飛んだ。
『いくよ葉月君!』
「うん!」
よく見ると、葉月の手にも氷でできた何かが握られている。氷でできたアイスバーだ。
氷のティラノはアスファルトにひびが入るほど雄々しく踏み込むと仮面ヒーローに向かって突進した。
『くっ! 2度はくらわんぞ!』
空中でふらつく仮面ヒーローは身をよじってティラノの攻撃をかわした。葉月は体勢が崩れた仮面ヒーローを見逃さず、振り上げたアイスバーを思い切りヒーローの脳天にたたきつけた。
『ぎゃっ』
仮面ヒーローの周りに火花が散って星が飛ぶ。
そして、フラフラと地上に降下していった。
「やった! 倒したぞ!」
「でも、ヒーローを倒したら私たち本当に悪者じゃないの?」
「今更言ったってしょうがないだろ」
地面まで下りた回覧板から飛び降りると、回覧板はようやく解放されたと言わんばかりに上昇して飛び去った。
「ありがとなー」
伝わらないとわかっていても礼を言わずにはいられない。回覧板のおかげで助かったのだから。
「仮面ヒーロー、僕たちを見逃してください。僕たち、お家に帰りたいんです」
『なんだ? 君は道に迷ってしまったのか?』
「まあ、そんな感じです」
仮面ヒーローは頭をさすりながら立ち上がった。
『仕方ない。負けたなら潔く認めなければな。だが、勝手にお店の物を食べるのはダメだぞ』
「「「はい。すみませんでした」」」
『今回は君たちの強さに免じて私が払っておこう』
「えっ?」
仮面ヒーローは懐から1枚のカードを取り出すと、コンビニのレジを操作し、虎白たちの食べた商品のバーコードを読み込み支払いを行ったようだった。
「ヒーローもカード払いするんだね」
ちょっとショック。そう言いたげに葉月は仮面ヒーローがお金を支払う様子を見つめていた。
『でも一件落着だし、いいんじゃないかな』
氷のティラノが近くに居ると、虎白はひしひしと肌寒さを感じる。
「ティラノはいつか水に戻るのか?」
何気ない疑問が湧いてきた。虎白の常識では氷は冷凍庫からだすとあっという間に溶け始めてしまう。
だが、ティラノからは未だにキンキンとした冷気が鼻垂れていた。
『僕このままでもいいなあ。だってかっこいいでしょ?』
「うん! とっても!」
葉月が頷く。
そうこうしている間に仮面ヒーローはお会計を済ませてコンビニから出てきた。
『君たち、ここから出たいのかい?』
打って変わって優しい声音で仮面ヒーローは問いかけてくる。萩香が代表して頷いた。
「はい。仮面ヒーローは出口がどこなのかわかりますか?」
『私はこの町出口くらいしか知らないな。何せこの町から出れない体だからな』
仮面ヒーローは悩まし気に腕を組んでいたが、やがて腕をほどいてコンビニの敷地を離れていく。
『とにかく、町の出口まで案内しよう。ついてきなさい』
皆で顔を見合わせた。仮面ヒーローからは先ほどまでの敵意は感じられない。
「ついて行こうぜ」
虎白の言葉に反対する者は居なかった。ゾロゾロと仮面ヒーローの後をついて歩く。
しばらく進むと、この枝羽根町は本物の枝羽根町とは建物の配置も違うという事に気が付いた。
ここは葉月の家や虎白の家があるイチョウ通りとモミジ通りしかない。学校も無ければ萩香の家も無く、同じ景色が続いていく。
仮面ヒーローと戦ったコンビニと同じコンビニを5回は通り過ぎたし、葉月の家も見かけた。
虎白にはもはや進んでいるのか同じ所をぐるぐる回ってるだけなのかわからなくなってきた。
それでも仮面ヒーローの足取りは揺るがない。
『ここだ』
ついに仮面ヒーローが足を止める。木製のツヤのある扉が目の前にあった。そう。扉だけが町の中にぽつんと立っているのだ。
「ねえ、町の中にあるんだけど。出口に案内してくれるんじゃないの?」
『ここがその出口だ。今鍵を開けるから見てみるといい』
仮面ヒーローは光る剣を出現させた物と同じ金色の鍵を扉の鍵穴に差し込む。
カチャリ。
軽い音がする。
仮面ヒーローが扉を開けて虎白にも見えるように体をどける。
その向こうに広がるのは、町の景色などではなかった。
白い地面に向こうに見えるのは線路。地面には黄緑や紫の線が法則性も無く走っている。
『私と、それからティラノサウルス君、君もここから先はいけないんだ』
『僕も? 体が大きいから入れないの?』
『いや。そういう意味ではない』
実際に見せた方が早いと判断したのか、仮面ヒーローは扉の向こう側に手を突っ込んだ。……はずだった。
「手が消えた!」
扉の枠から向こう側にはみ出した腕はぷっつりと途切れてしまったのだ。仮面ヒーローは腕を戻す。すると、見えなかった腕がまた見えるようになった。
「ど、どうなってるの?」
『どうやら、私はこの扉の向こうの世界では認識されないようだ。試しに行ってみたのだが、私はあちらでは水面にも映らず、物に触れる事もできないのだ』
だから。と仮面ヒーローは続ける。
『私やティラノサウルス君が君たちの手助けをできるのはここまでという事だ。ここから先は自分たち3人とメダカ君たちで頑張らなければならない』
もともと絵具の森では3人と3匹だった。また元に戻るだけ。それなのに、波のように不安が押し寄せてくる。
ティラノは笑って言った。
『君たちなら大丈夫。自信を持って』
『うむ。この仮面ヒーローを倒して見せたのだ。自信を持て。君たちは必ず家に帰れる』
仮面ヒーローも深く頷く。虎白は目の前に広がる新しい世界にごくりと唾を飲み込んだ。
新しい1歩を踏み出すのは、ちょっとだけ勇気がいる。虎白はその勇気を奮い立たせるために萩香と葉月、3匹のメダカを振り返った。
グッと指を握り、拳を作る。
「絶対、絶対家に帰るぞ! おー!」
「「おー‼」」
萩香たちもすぐに虎白を真似して拳を作り天に向けた。メダカも体を持ち上げ賛同してくれる。
大丈夫。きっと帰れる。
そう信じて、虎白は先頭をきった。
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