第2話 ジャングルで恐竜発見⁉
「お前、こんなところに居たのかよ」
筆の穂が埋め尽くす絵具の森で再開した虎白たちは葉月に詰め寄った。
「ここどこなの? 葉月君のお家?」
3匹居るメダカたちが葉月の傍に寄り添って彼を見上げる。葉月はぶんぶん首を振った。
「違うよ! 僕だってどうしてここに来たのかわからないんだよ。気が付いたらここに居たんだ」
「はあ? なんだよそれ。俺たち葉月の家の中から入ってきたんだぜ?」
「そ、そんな事言われても、本当にわからないんだ」
気が付いたらここに居た。その前は自分の部屋で本を読んでいたのだと葉月は主張してくる。でもそんな事あり得るのだろうか。
「私たち、そのメダカを追って来たんだけど、葉月君も家でメダカ飼っていたの?」
萩香がメダカたちを指さし疑問を投げかける。ところが、これにも葉月は首を振った。
「僕の家では何も飼ってないよ。このメダカって学校で飼ってるメダカでしょ?」
そういうと葉月は「そうだよね、メーちゃん、たっちゃん、かっちゃん」なんてメダカたちに呼びかける。
「名前つけたって区別つかないだろ」
「つくよ。目の下の白い部分が大きいのがメーちゃん、お腹の部分もオレンジ色なのがたっちゃん、ほとんど白い部分が無いのがかっちゃんだよ」
説明されてもわからない。虎白にはどう見ても同じに見えた。あんまりジロジロ見るものだからメダカたちも怖がって葉月の背に隠れてしまった。
「けど、どうして学校のメダカが葉月君のお家に居るんだろう」
また疑問が出てくる。3人寄れば文殊の知恵とか誰かが言っていた気がするけど、今は3人とメダカ3匹揃っても出てくるのは謎ばかり。
「とにかく、もう1回同じ所に戻ればいいんじゃないか?」
「同じ所って、押し入れの事? 私どうやって来たか覚えてないよ。それに、どうやって戻れるの?」
萩香が辺りを見回す。筆が地面から幾本も突き出して天にそびえたっている。斜めになった物もあるし、途中でポッキリ折れている物もある。自分が走ってきた方向を振り返ってもそよ風に揺れる筆の穂の波が見えるだけ。
虎白は試しに2、3歩進んできた道を探ろうとしたけれど、自分たちが出てきた場所はおろか走ってきた道すらわからない。
「これじゃわからないよね」
絵筆の樹に片手を当てて、もう片方の手で頭をかく虎白を見て、葉月は不安そうに呟いた。
「そのメダカたちに聞くのはどう? 葉月君にすごくなついているし何か答えてくれるかも」
萩香が望みを託すようにメダカたちに視線を向ける。しばらく3匹顔を近づけあってなにやら互いを見つめていたメダカは一様にくねっとくの字に体を曲げる。メダカたちにもどうやって来たのかわらかないらしい。
「仕方ない。あの方法で切り抜けるしかないな」
「虎白君、何か方法あるの?」
「すごいや。何か思いついたんだね!」
「ああ。ここはもう何も考えずに進んだ方がいい」
期待に満ちた2人の目が一瞬にして光を失った。でも、これしかない。3人と3匹が揃ってもここがどこなのか検討もつかないのだから。
「とりあえず俺たちが来た道っぽい所を辿ればなんとかなるだろ。それとも、このままここに居るか?」
「進んだら、もっと迷うかもしれないよ?」
「それならそん時考えるしかないよな。ほら行こうぜ」
ここからじゃ太陽がどこにあるかもわからない。影は真下より少し傾いているから昼の1時くらいだろうか? 虎白たちが葉月の家に来たのはすでに夕方なのに、時間がさかのぼっているようだった。
そんな奇妙な事実から目を逸らして、3人は歩き出した。葉月のすぐ隣を3匹のメダカが競い合いながら泳ぐ。
3人は横たわった絵具のチューブに足を乗せて転んだり、どこから来たのか度々わからなくなって立ち止まった。筆も絵具のチューブも自分たちよりずっと大きい。いつも掌に収まっているはずの物に見下ろされるのは不思議な気持ちだった。
あちこち歩いていくうちに、虎白たちは足やズボンがカラフルになっていく。絵具がついてしまったんだ。
「少し寒いと思わない?」
虎白の後ろを歩いていた萩香がほうっと息を吐く。薄っすらだけど、白い息が吐きだされた。
「本当だ。息が白いね」
「どこかに出られるかもしれないな」
けど、どこに?
秋が近づいているとはいえ、息が白くなるほど外は寒くないはずだ。しかも、進むにつれて周りの景色がおかしくなっていく。
筆の毛先が寒さで凍り付き、足を踏み出すたびに霜柱の上を歩いているみたいにサクサクする。寒さを我慢していた萩香は空気中に白い冷気が見えるようになってくるとたまらず声を上げた。
「絶対おかしいよ! 戻ろうよ!」
「おおっ!」
萩香の言葉が終わらないうちに虎白は驚きの声をあげる。最後尾から顔をのぞかせた葉月も口を丸くして絶句する。
「何?」
萩香も虎白の傍から離れて視線を追った。下を見ている。
虎白の前には緩やかな下り坂があり、その先には四角い氷がゴロゴロ転がっていた。白い冷気に包まれたそこに目を凝らすとアイスバーのような物も何本か見えた。
「冷凍庫みたい」
たしかに、四角い氷は冷凍庫で水を凍らせた時にできる氷と似てる。
「どうする? 進む?」
虎白は葉月から聞かれて試しに1歩足を出してみた。ふくらはぎあたりまで伸びた筆の穂も凍っていて、蹴ってもびくともしない。しかも、虎白たちは皆靴下のまま歩き回っていた。凍った穂に靴下がくっつきそうになって虎白は急いで足を引っ込める。
「ダメだ。別の所行こうぜ。来るときもこんな道通らなかったし、ハズレだろ」
折り返してまた歩き出す。今度は萩香の提案で虎白や萩香の頼りない記憶を辿ってみたけれど、結果は虎白の時と同じだった。違った事と言えば、氷が転がっている場所じゃなくて、本格的なジャングルに迷い込んでしまった事だろうか。
筆の樹は1本、また1本と本物の太い樹木に変わっていった。地面は濃い茶色の土。そこから多種多様な雑草が伸びている。大きな岩もあったし、見上げるほどの倒木も、ぬかるみもある。色とりどりにそまった靴下は、今度は泥一色だ。
いつの間にか日差しも届かないほど深いジャングルの中に居た虎白はとうとう立ち止まった。
「もーダメだ! ちょっと休もうぜ」
「賛成。私も疲れちゃった」
そう言って各々倒木や石の上に腰を下ろす。
ジャングルは静かだった。風はあるけれど、ささやかに木の葉を揺らすだけ。その向こうに青空が見えた。昼間みたいに明るい青空。なのに3人が居る場所は湿っていてうす暗い。
「なあ葉月、本当に心当たり無いのかよ」
「ご、ごめんね。僕本当にわからないんだ」
いつもより強い口調の虎白に葉月は怯えて縮みあがった。メダカたちが葉月をつついて心配そうに寄り添っている。
虎白は首を傾げた。確かに葉月は押しに弱い性格だったけど、たった一言で委縮するほど臆病だったっけ? 変わった気がする。
そんな思いを抱いた時だった。
ズシン。
地面がかすかに揺れた。ズシン。皆で顔を見合わせる。何か重いものが歩みを進めているような、お腹の底を震わせる音。
ズシン。
今度は最初より近くで聞こえてきた。
「こっちに来てるよ!」
丁度葉月の後ろから聞こえてくる。樹々が複雑に入り組んでいるせいで、先は見えない。
だけどズシン、ズシンと何かが近づいてくる。地面が震える度、上の方から葉っぱが何枚か振り落とされてくる。
逃げればいいのに、3人は動けなかった。3人と3匹で肩を寄せ合っていると、物音の正体が頭を覗かせた。
向こう側の景色が少し歪みながらも見通せる頭部。水みたいに透明な顔がゆっくりとこちらを見た。
『グルルルル』
低いうなり声と共に、ソイツは全身を現す。尻尾の先から頭の先まで、水面のように揺れ動きながら2本の足で歩く。ソイツは、
「ティラノサウルス!」
葉月が叫んで指さした。水でできたティラノサウルスは低くうなると牙の並んだ口を開開き、よだれのようなものをしたたらせる。
マズイかもしれないいかもしれない。食べられてしまう。
「逃げるぞ!」
虎白の言葉に、萩香も葉月もはじかれるように背を向けてジャングルの中を駆け出した。
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