第4話

カラオケ店の前にはすでに、桜田志帆と宮上梨華が少し不満げな様子で待っていた。


「おっそい男子!女の子二人待たせるなんて!なにしてたの?」


そういって宮上は、浮かれている竹口に詰め寄った。しかし、その行動は竹口には逆効果のような気もしていた。なぜなら、怒られている事よりも、宮上との距離の近さに戸惑いながらも、嬉しそうに照れていたからだ。


「ご、ごめん。色々あってさ。桜田もごめんな」と顔を赤くして、宮上と志帆ちゃんになんとか謝った。そして、このタイミングを逃すまいと俺も「ご、ごめんね、志帆ちゃん」と続けた。


志帆ちゃんの反応は予想通りだった。


「ううん、大丈夫。気にしないで」と言って笑顔を見せている。


まさに天使だ、俺は今カラオケ店の前で天使を見ている。そんな事を思いながら俺はその光景を眺めていた。


宮上は多少の不満を残しながらも、あっさりと許した志帆ちゃんに同調した。


「まぁ、志帆がそういうんだったらいっか」


許されたと知ったとたん、すかさず、竹口が盛り上げ役を買って出たかのように豹変する。


「よっしゃあ! じゃあ今日は歌って楽しもう!」


恥ずかしげもなく右手を高だかとあげると、竹口はそのまま動かなくなり、時間が止まった。


「えっ?…… これって……」


困惑していると、深いため息が後ろから聴こえる。


「はぁー……」


「なんだよおっさん。今いいとこだろ?」


「いやー、戻しすぎたわ」


「は?」


「いや、時間をじゃよ。少し飽きてきた」


「おい、ふざけんな。これからカラオケ行ってそこで花火に誘うんだぞ? これじゃあ誘えないだろ」


謎の男は癖なのかまたしても髭を擦りなから不思議そうに答える。


「うん、そうだね。でもそれでどうなるの?」


「え? どうなるって?」


「いや、だから誘ってどうなるの?」


「それは……、誘って花火大会に……」


「うんうん、フラ……」


「フラれてねーよ」


条件反射でつい食い気味に謎の男の発言を止めてから俺はあることに気づく。


「そうか……。これじゃなにも変わらないのか……」


「そういうことじゃ、お前さんがしなければいけないのは、ただ、花火に誘うことではなく、変化をもたらすことじゃ。でなければ未来は変わらん」


「で、でもさ。おっさんも言ってたろ? 花火に誘ってオッケーしてもらった理由がわかればって。

実はそれがまだわかんないんだ。でもそれを調べる方法なんて……」


謎の男は「うーん」と考えながらチラッと竹口を見て「あの男は?」と言った。


「え? ああ、竹口っていって小学校の頃からの友達だよ」


「なるほど…… お主はこやつが大事か?」


「なんだよ急に。そりゃあ大事だよ。いいやつだし、面白いし。俺の唯一の親友なんだ」


「そうか……、ではやめとこう」


「いや、気になるだろ。言ってくれよ」


「この男が犠牲になるかもしれんぞ。それでも聞くか?」


おっさんの真剣な表情に俺は息を飲んだ。


「あ、ああ」


「ワシが魔法でこやつに入って状況を変え、未来をいい方向へ導く」


「竹口におっさんが入るって? そんな事できるのか?」


「そうじゃ、こっちの世界でいう憑依みたいなもんじゃ。本来、身移りの魔法は難しいが、ワシならできる」


「そ、そうか。それで、入ったら竹口はどうなるんだ?」


「どうもならん、ワシが入ってる間だけ記憶がなくなるだけじゃ。じゃが、この男の楽しいカラオケの記憶はなくなることになる。じゃから……」


「いや、やってくれ」


俺は即答した。


「え? 」

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