聖女洗脳編7 前線都市リニー

(……様?)


 ねむ…


(勇者様、もう起きてますか?)


 あー…

 アリア…、またかー…


(……おはよう、アリア。まだ夜明け前だろ。どうした?)

(はやく勇者様とお話ししたかったんです。……迷惑でしたか?)


(迷惑じゃない。俺もアリアと話せてうれしいから)

(よかったです! 寝るまえにしてくれた話のつづきを聞きたくて!)


(いいけど。……アリア、寝た?)

(寝てませんが、全然問題ありません!)


 あるわー。全然問題あるわ。寝ろ。


(……トイレ行く。待ってて)

(はい!)


 食いぎみの返信。


 アリア、お前さ。


 スマホ買ってもらったばかりの中学生かッ!?



✳︎



(勇者様?)


 また。まただ。魔力のパスを応用した通信、魔力ラインの着信。アリアから。起きている間はずっと。……寝ててもたまに。日に日に増えている。


 飯食ってても。

 風呂に入ってても。

 馬車の中でも。

 アリアの魔力ラインは鳴りやまない。


 異世界初のSNS依存症が誕生した瞬間である。俺はアリアの新しい窓を開いてしまったらしい。ジョハリの窓でいう盲点の窓を。


  他人

   ↓

自分→田


 田の左上は自分からも他人からも見える解放の窓。右上は他人だけ見てる盲点の窓。左下は自分だけ見える秘密の窓。右下は誰も見えない未知の窓。


 アリアも大人びてはいるが18才か。高校3年の時の自分を思い出したらこんなもんなのかも。


(アリア、どうしたんだ?)

(勇者様とお話ししたくて。よろしいですか?)


(……うん。もうすこし待てるか?)

(はい!)



「あっ、あんっ。ねえ、うごきっ、とめないでっ。じらさないで、おねがいっ。ねえっ」


「……このままエミがうごくんだ」


「うんっ、あっ。あんっ。やだ、やらしすぎっ」


 たださ。エミとふたりでいるときは魔力ラインをやめようよ。おたがいのために。



✳︎



 今日も馬車に揺られている。エミは狼の子は片方のしっぽの先が黒かったからそっちをクロ、全身真っ赤な方をアカと呼んでいる。なんて安直な。


「アカ、クロ。よぴよぴっ、かわいいねっ」

「本当にかわいいですよね」


 ふたりとも仲いいな。美人姉妹が仲よくしているのは、はたで見ている分には微笑ましい。俺たちのいびつな関係は根深いところにいろいろ問題を抱えているが、すくなくとも表面上は奇跡的に安定している。


 アリアはいつも外面そとづらは完璧だ。いつも聖女を完璧に演じている。この強固な外面は、貴族としての教育に加えて教会からの教えが根底にある。


 だが、ここ数日で知ったのは一皮むいた素のアリアが年頃の女に過ぎなかったことだ。


 魔力ラインでアリアの話をたくさん聞いた。教会での生活は厳しかった。魔法の修練だけではなく、清貧な生活を叩き込まれた。貴族の長子として受けてきた厳しい教育が天国のそよ風に思えるレベルだったそうだ。


 7日間の断食とか、10日も寝ないで聖書の神言を読み上げ続けるとか魔力があっても過酷すぎる……。アリアの睡眠不足への耐性はそこで身につけたらしい。それがめぐりめぐって俺の睡眠時間を削っているんだから教会は俺に謝罪すべきだと思うよ。勇者召喚の術式を開発したのも教会だし。俺に迷惑しか書けねえや。



✳︎



 色は違うとはいえ、なぜ狼までこの世界にいるんだろう。俺とエミたちが起源が異なる種族なのに交配可能というのもよく考えるとおかしなことだ。


 ずっと考えていた。そして俺が出した仮説は“二つの世界のほとんどの生物がカニ化してるから”だ。


(“カニ化”とはどういうことですか?)

(生物進化には傾向があるということだ)


 アリアには元の世界の科学知識を俺がおぼえている限り魔力ラインの会話で伝えることにした。魔王討伐の可能性が1ミリでも上がればいいと思ってのことだ。話すネタが尽きたということも理由の一つだが。


(この世界にもカニはいるんだっけ。その近縁種だがカニではないモンスターまでが、カニの特徴を得て進化していくというふしぎな現象があるんだよ。脚の本数が違うのにどいつもこいつもカニになってくんだ。画像で見せたいくらいだ)

(ふしぎですねー…)

(甲殻類という種族はカニ化したり非カニ化したりをくりかえしてるんだよ。ハサミが2つ、脚8つ、だったかなあ。よくおぼえてねえけど)


 すべてはカニになる。そんなカニの話してたらカニを食いたくなってきた。ちなみに俺は毛ガニ派だ。俺は慣れているからハサミがなくても身を残さず食える。この世界の海もカニもまだ見ていない。それはすこしだけ楽しみだ。



✳︎



 野を越え、丘を越えて、川を越え。俺たちの馬車は街道をひたすら進んでいく。そして最後の山道を超えたとき、ついに目的地のリニーの街が見えた。


 今までの町や村は大概近くに畑を持っていたが、リニーの街は違った。巨大な城塞都市だった。まず、街の大きさが違う。外壁の規模も厚さも次元が違う。


「さすが、前線都市だな……」

「すごーいっ!」

「私も、本当にひさしぶりに訪れました。なつかしいです……」

「ウラハの街と同じくらいでかいな。この街の聖女と勇者に合流するんだっけ。とりあえず魔族を叩いて、魔王討伐の足掛かりにするかぁ」


「勇者様はすごいですね……。おそろしくないんですか?」

「別に」


 魔族も魔王もこわくない。そりゃそうだ。

 俺は魔力が強すぎる。エミの100倍はある。アリアの10倍以上だ。ふたりよりこわがるわけがなかった。


 そして、アリアは勘違いをしている。俺は命がけで特攻するつもりはない。


「おいっ、もっと気を抜け。任せろって。魔族も、魔王も、すぐに何とかしてやるからさ」


 ものものしいリニーの街の雰囲気に飲まれかけている二人に堂々とした態度で微笑みかけてやる。まだ着くのに1時間以上かかるぞ。


(勇者様、ありがとうございます……)

(いいって)



 当然、俺は魔族も魔王もこわくはない。

 ……負けそうになれば、いつでもすぐに逃げるつもりだからな。

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